Newコラム2026年10月11日1854年ロンドンのコレラ、医師ジョン・スノウは井戸ポンプの取っ手を外させた——反証しに来た副牧師が決め手を見つけた1854年の夏の終わり、ロンドンのソーホーで10日のうちに500人以上がコレラで死んだ。病は悪い空気から来ると誰もが信じていた時代に、麻酔医ジョン・スノウは一台の井戸ポンプを疑い、その取っ手を外させた。彼の説をくつがえそうと調べ始めた若い副牧師が、やがて決定的な証拠を掘り当てる。読む →
コラム2026年10月10日ビートルズ最後のライブは1969年、サヴィル・ロウの屋上——42分で止めに来たのは19歳の巡査だった 第4回1969年1月30日の昼休み、ビートルズはロンドン・サヴィル・ロウの自社ビルの屋上で、予告なしに演奏を始めた。同じ通りの警察署から19歳の巡査が駆けつけるまでの42分間が、4人が人前で演奏した最後になった。7年前の元日にデッカの審査に落ちた4人は、最後にレノンの「オーディションに受かったかな」という一言で締めくくった。その屋上は、2027年に一般公開される予定である。読む →
コラム2026年10月9日アビー・ロードの横断歩道は1969年、10分で撮られた——6枚の写真が、41年後に国の文化財になるまで 第3回1969年8月8日の朝、ビートルズはスタジオの前の横断歩道を渡り、写真家は脚立の上から10分間で6枚を撮った。仮の題「エベレスト」は通りの名前に変わり、ジャケットは「ポールは死んでいる」という噂の種になり、スタジオは7年後にこのアルバムから名前をもらった。そして2010年、この横断歩道は国の文化財になった。読む →
コラム2026年10月8日ビートルズは1965年にMBE勲章を受けた——元軍人は抗議で勲章を返し、4年後にはレノンも送り返した 第2回1965年、ビートルズの4人は女王の誕生日の叙勲名簿に載り、MBE勲章を受けた。官報に載った肩書は「ビートルズの一員」だけ。戦争の働きで同じ勲章を受けた元軍人たちは怒って勲章を送り返し、4年後にはレノン自身も「Cold Turkey」のチャート落ちへの抗議を添えて宮殿へ返した。だがその勲章は、いまも取り消されていない。読む →
英国のいま2026年10月8日V&Aがスト続くなか全職員に希望退職を募集、英国は博物館の無料を維持し日本は二重価格へヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が、賃金ストが続くなかで全職員に希望退職を募っています。その数日後、英国政府は国立博物館を外国人観光客にも「永久に無料」とすると決めました。訪日客から多く取る日本の二重価格と並べると、英国の無料の請求書が職員に回っている構図が見えてきます。読む →
イギリス英語2026年10月8日wagwan「What's going on」を4音節から2音節まで削ったら「wagwan」になった。日本語でいう「ざす」ですロンドンの10代が挨拶で言う「wagwan」は、What's going on がジャマイカ経由で極限まで削られた姿。意味は「よう、どう?」で終わり。ただし大人が真似すると、たいてい事故る。読む →
コラム2026年10月7日ビートルズは1962年元日、デッカのオーディションに落ちた——断った男は翌年ストーンズを獲った 第1回1962年1月1日、まだ無名だったビートルズはロンドン北西部のスタジオで15曲を録音し、レコード会社デッカの審査に落ちた。「ギターのバンドはもう古い」という断り文句はロック史で最も有名な見込み違いとして語られてきたが、言ったとされた男は死ぬまで否定し続け、翌年にはローリング・ストーンズと契約している。不合格のテープはオックスフォード通りのレコード店を経てEMIへ渡り、2025年にはバンクーバーで見つかってマッカートニーの手に戻った。読む →
コラム2026年10月6日1843年、世界初のクリスマスカードは売れなかった——子どもがワインを掲げる絵に、禁酒派が眉をひそめたクリスマスカードは1843年、手紙の返事を書く暇がなかったロンドンの役人、ヘンリー・コールが思いついたものだった。千枚刷って1枚1シリングで売り出したが、高すぎて売れず、子どもがワインを掲げる絵は禁酒派に咎められた。それから40年足らずで、女王までがカードの多さに音を上げるようになる。読む →
コラム2026年10月5日ジャンボジェットの「ジャンボ」はロンドン動物園の象だった——1882年、2000ポンドで売られて国中が泣いた「ジャンボ」はもともと「大きい」という意味の言葉ではなかった。1865年にパリから痩せ細ってロンドン動物園に来た子象が、17年かけて英国一の人気者になり、1882年にアメリカの興行師へ2000ポンドで売られた。子どもたちは嘆き、会員は裁判を起こし、新聞は「10万ポンドなら手放すか」と電報を打った。一頭の象の名前が、世界中で「巨大」を意味するようになるまでの話。読む →