easy peelers
鹿児島生まれのみかんは、イギリスのスーパーで「むきやすいやつ」に改名されていた
イギリスのスーパーで見かける「Easy Peelers」の中身は、サツマかクレメンタインかマンダリン。温州、薩摩と地名を付け替えられてきた日本のみかんは、イギリスでとうとう地名ごと消された。ただこの雑な名前、日本語の「みかん」の定義とほぼ同じだったりする。

このみかん、イギリスに着くまでに2回改名している
温州、薩摩、そして尾張。履歴書が地名だらけ
イギリスのスーパーの果物売り場で、オレンジ色の網袋に書いてある Easy Peelers。直訳すると「むきやすいやつ」。中身はsatsuma(サツマ)、clementine(クレメンタイン)、mandarin(マンダリン)のどれか。混ざっていることもある。
このうちsatsumaは、日本の温州みかんと同じ種類。で、こいつの履歴書がなかなかすごい。
- 生まれ:江戸時代、今の鹿児島県長島町あたりで偶然芽を出した、とされる。地元での呼び名は「長島みかん」
- 日本での名前:温州みかん。中国・浙江省の柑橘の名産地「温州」にあやかった
- アメリカでの名前:satsuma。1878年、駐日アメリカ公使を務めたヴァン・ヴァルケンバーグ将軍の夫人が薩摩から苗木を送り、そう呼んだのが始まり、という説が有力
- アメリカで広まった品種:Owari。尾張です
鹿児島生まれなのに「温州」。千葉にあるのに「東京ディズニーランド」と同じ発想だと思う。有名な土地の名前を借りたほうが売れる。人類、昔からやってることが変わらない。
しかも江戸時代は、種がないせいで「家が絶える」と避けられていたらしい。売れ出したのは、食べやすさが評価された明治から。
ちなみに長島は戦国時代に島津氏の領地になっていて、みかんが生まれたころはもう薩摩の国。つまり3つの地名のうち、生まれた場所を正しく指していたのはsatsumaだけ。いちばん正確な名前を付けたのは、海の向こうのアメリカ人だった。
イギリスは地名を全部消して、「むきやすいやつ」と書いた
雑に見えて、実は日本語の「みかん」の定義そのもの
ここまで地名でつないできたバトンを、イギリスのスーパーはあっさり捨てた。Tescoの600g袋の名前は Sweet Easy Peelers。売り文句は「むきやすさと甘さで選びました」。産地も品種も名前に出てこない。業界紙Fresh Produce Journalは、2004年にはもう「消費者にはeasy peelersで通じる」と書いている。
呼び名にうるさい国だと思われがちだけど、果物売り場はわりと雑。当然、怒っている人もいる。
- 2022年、Spectator誌の言葉コラム。筆者が「小さい柑橘を全部easy-peelersと呼ぶな」とこぼすと、夫が「Jersey Royals(ジャージー島の新じゃが。皮は指でこすれば取れる)もeasy-peelersだね。クリスマスの靴下には入れてほしくないけど」。satsumaは、かつて靴下の定番だった
- 2023年12月、子育て掲示板Mumsnet。「袋の小さい字を読んだら、隠れクレメンタイン(a covert clementine)だった」「クレメンタインは悪魔の仕業」
見分けたいなら、袋の裏の小さい字を読むしかない。温州みかんと同じ種類なのはsatsumaだけ。2009年にSainsbury'sが棚に出した説明だと、satsumaは「種はめったにない」、clementineは「たまに種あり」。
で、最後に一個だけ。農研機構の研究者いわく、日本語の「みかん」は「皮をむきやすい小型のかんきつ類の総称」。つまりeasy peelersは手抜きの名前じゃなくて、「みかん」の定義をそのまま英語にした言葉だった。温州、薩摩、尾張と地名を渡り歩いたあげく、イギリスで一周回って「みかん」に戻ってきたわけだ。