ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が、賃金ストが続くなかで全職員に希望退職を募っています。その数日後、英国政府は国立博物館を外国人観光客にも「永久に無料」とすると決めました。訪日客から多く取る日本の二重価格と並べると、英国の無料の請求書が職員に回っている構図が見えてきます。
The Art Newspaper、2026年10月6日
2026年10月6日、美術専門紙The Art NewspaperがLondon's Victoria & Albert Museum planning to launch voluntary exit schemeと報じました。V&Aは全職員を対象に希望退職を募ります。職員への告知は9月24日、本館ストライキの前日でした。
賃金と労働条件をめぐり、9月4・5日に東ロンドンの3施設で約700人が、25・26日に南ケンジントンの本館でストを打ちました。館は平均4.18%の賃上げを示し、組合(PCS)は「大半は3.25%」と反論しています。
館は理由に、物価高と来館者の消費減、インフレ率を下回る政府交付金(2025-26年度は5,990万ポンド)を挙げます。組合によれば、館は2030年までに累計1,900万ポンドの赤字を見込んでいます(館は未確認)。7,200万ポンドの準備金はあるものの、館は「日々の運営には使えない」としています。
告知から4日後の9月28日、リサ・ナンディ文化相は、国立博物館の常設展を外国人観光客も含めて「永久に、誰にでも」無料にすると表明しました。
日本は反対の道を進んでいます。2026年2月に文部科学相が示した国立博物館・美術館の中期目標(2026〜30年度)は、訪日客の入館料を高くする二重価格を期間中に導入するよう求めました。展示事業の自己収入比率は最終年度までに65%以上。4年目に40%を切った館は、閉館を含む再編の対象です(国立美術館・博物館に重いノルマ。未達成なら閉館含めた再編も──国が突きつけた、第6期中期目標の衝撃)。
並べると、設計の違いがはっきりします。日本は館に稼がせ、稼げない館は畳む。英国は入口で取らず、運営費は国が持つ。ただし英国が約束したのは「無料」までで、交付金の額ではありません。DCMSの数字では、国立博物館への交付金は2010〜23年に実質18%減りました。
ここに、半年続いた課金論議をしぼませる数字があります。観光客課金を提案したホッジ卿自身が、上院の委員会で、収入は全館合わせても1,000万ポンドに届かないと述べていました。V&A1館の交付金の6分の1にも満たない額です。入口の料金は、空いた穴に比べて小さすぎるバケツでした。
では、穴は誰が埋めるのか。入口でも国庫でもないなら、残るのは館の内側です。組合が求める4%と館が示す3.25%の差は、組合の試算で年約50万ポンド。交付金の1%にも満たない差で、2度のストが起きています。希望退職は、その先の答えをいちばん正直に書いた紙でしょう。
これから決まることは三つです。10月15日、Living Wage Foundationが新しいロンドン生活賃金(現行は時給14.80ポンド)を発表します。V&Aはその認定の取得を検討し、12月までに結論を出すとしています。希望退職の目標人数と締め切り、強制的な人員削減に進むかどうかは、まだ公表されていません。
ここからは私見です。「永久に、誰にでも無料」は立派な標語ですが、払う人が消えたわけではありません。日本の二重価格は請求書を外国人に回し、英国の無料は職員に回す。英国のほうが上品に見えるのは、請求書が来館者の目に入らない場所に届くからです。永久の無料を約束するなら、交付金も物価に合わせて、と一行書き添えるのが筋でしょう。ちなみにこのサイトの読者の多くは、V&Aに0ポンドで入る側です。
英国のいまを、もう一本。
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