チャーチル戦争指令室Churchill War Rooms
第二次世界大戦中の秘密作戦室を体験
- 料金
- 大人 £33.00〜 / 子ども £16.50〜
- 所要時間
- 2時間〜
- 最寄駅
- ウェストミンスター駅 徒歩4分
- 開館時間
- 9:30〜18:00 (最終入場17:00)
料金・開館時間は変更されることがあります。訪問前に 公式サイト で最新情報をご確認ください。
第二次世界大戦中にイギリス政府の作戦の中枢として使われた地下施設。ここで戦略的な重要決定が行われ、ウィンストン・チャーチル首相の指導の様子を間近で学べる。地下の秘密通路を歩き、当時の作戦室や通信設備を見学できる。滞在時間は約2時間、年齢制限なしで歴史ファンに人気。
このページの内容
着いてからの歩き方
チャーチル戦争指令室に着いたら、この順に見ていくと迷いません。
- コツ
時間指定。30分以内に入る
完全時間指定制で、枠の開始から30分以内に入場する必要があります。10:00の枠なら10:29まで。セキュリティ検査があるので15〜20分前に着いておくと安全です。大型の荷物は預ける場所がなく持ち込めないので、スーツケースを引いて行かないこと。
- 見どころ
地図室
この施設で最も強い場所です。1945年8月に明かりが消されて以来、ほぼ手つかずで残されました。壁の大西洋海図には船団の位置を示したピンの穴が無数に空き、机には当時の電話が並んだまま。片付けられなかったのではなく、そのまま封じられたのだと分かる部屋です。
- 見どころ
閣議室
空襲下の1940〜45年に、実際に戦時内閣が115回開かれた部屋。チャーチルの椅子の肘掛けには、彼が爪を立てて引っかいた跡が残っていると言われます。地下とはいえ天井は薄く、ここが直撃に耐えられないことは当時から分かっていました。
- 見どころ
チャーチル博物館
戦争指令室と同じ入場券で入れる、チャーチルの生涯を扱う展示。演説の音声や、少年時代の成績表まで並びます。指令室が「その瞬間」を見せるのに対し、こちらは人物の像を組み立てる場所。合わせて2時間以上は見ておいてください。
- 見落としやすい
トランスアトランティック電話室
もとは掃除用具入れだった小部屋を改造し、ルーズヴェルトとの秘話に使いました。外には「使用中」の札を出し、職員には「チャーチル専用のトイレ」と説明していたため、この部屋の存在を知る者はほとんどいませんでした。SIGSALY と呼ばれた暗号化装置は50トンを超え、ここには収まらないのでオックスフォード・ストリートのセルフリッジズの地下に置かれています。1943年7月15日から運用されました。
- コツ
空いている時間帯
平日の開館直後か、15:30以降の団体が引けた時間帯が狙い目。6〜8月は9:00からの早朝開館があります。通路が狭く一方通行に近いので、混んでいると自分のペースで立ち止まれません。
歴史
1938年、次の戦争では空襲で政府機能が麻痺すると考えられていました。そこで財務省の地下に、政府が地下から国を動かすための施設が突貫で作られます。
完成し稼働を始めたのは1939年8月27日。その1週間後に英国はドイツへ宣戦布告しました。間に合ったというより、ぎりぎりでした。
チャーチルがここを使い始めたのは1940年5月、首相就任と同時です。以後1945年3月まで、閣議も作戦指揮もこの地下で行われました。彼は地下で眠るのを嫌い、空襲の最中でも地上に出たがったと伝えられますが、閣議室の椅子の肘掛けには、彼が爪を立てた跡が残っています。
そして戦争が終わった1945年8月16日、職員は照明を落として部屋を出ました。以後この空間は施錠されたまま放置されます。1948年に議会が保存を決めましたが、一般に公開されたのは1984年4月4日——40年近く、時間が止まったままだったことになります。
だからここは「再現された展示」ではありません。地図に刺さったままのピン、壁に貼られたままの図表、卓上の電話。1945年の夏に人が立ち去った状態がそのまま残っている場所です。
実は「防爆」ではなかった
地下に潜っているのだから安全だった、と考えたくなります。しかし実際には違いました。
1940年9月、チャーチルは初めて「ここは bomb-proof ではない」と知らされます。上にあるのは通常の官庁建築で、500ポンドを超える爆弾が直撃すれば貫通し、地下ごと破壊されうる——それが技術者の見立てでした。
ブリッツで近くに何発も落ちたあと、同年12月に対策が取られます。天井に厚さ最大3メートルの鉄筋コンクリート板を追加したのです。ただしこれで直撃に耐えられると断言できた者はいませんでした。専門家は最後まで確信を持てないままでした。
つまり戦争のあいだ、英国の指揮中枢は運が良ければ助かるという条件下で動いていたことになります。天井の低さや通路の狭さを窮屈に感じたら、それが当時の限界だったと思ってください。
豆知識
- 首脳ホットラインの元祖は、トイレに偽装されていた。1943年7月から、チャーチルはルーズベルトと秘話回線で直接話せるようになります。暗号装置 SIGSALY は巨大すぎて地下に入らず、オックスフォード街のセルフリッジズ百貨店の地下に置かれました。通話する小部屋のドアには鍵が付き、チャーチル専用のトイレということにされていました。冷戦期の「ホットライン」より20年早い、事実上最初の首脳直通回線です。
- 引き出しから角砂糖が3個見つかった。1980年代に帝国戦争博物館が引き継いだとき、マップルームの机の引き出しから出てきたものです。砂糖は配給制でした。誰かが隠しておいて、そのまま取りに戻らなかったことになります。
- マップルームは24時間、6年間一度も無人にならなかった。海軍・陸軍・空軍の将校が交代で詰め、最新の戦況を地図に反映し続けました。壁の地図に残る無数の穴は、その6年間ぶんのピンの跡です。
- 「静粛」の掲示は本気だった。狭い空間に人が詰めていたため、私語や不要な音は厳しく戒められました。タイプライターの音さえ問題になっています。
混雑と、地下という条件
人気の割に通路が狭く、一方向にしか進めません。団体が入ると流れが止まるため、開館直後か、午後遅めの時間帯が快適です。
地下なので携帯の電波が入りません。待ち合わせや連絡が必要なら、入る前に済ませておいてください。
順路の後半はチャーチル博物館で、こちらは近代的な展示空間です。地下壕の見学だけのつもりでいると、想定より時間がかかります。両方をきちんと見るなら、表示されている所要時間より余裕を持って組んだほうが安全です。
写真撮影はできますが、照明が暗く三脚は使えません。
場所とアクセス
みんなの口コミ
チャーチル戦争指令室を訪れた感想や、これから行く人に役立つコツがあれば教えてください。
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