2026年8月26日
グリニッジ天文台の床には真鍮の線が引かれ、観光客が両足で東半球と西半球をまたいで写真を撮る。ところがスマホの地図アプリを開くと、そこは経度0度ではない。東へ102メートル歩いて、ようやく数字が0.000になる。測量ミスでも、GPSの誤差でもない。2015年に測地学の専門誌が出した答えは、「ヴィクトリア朝の天文学者は正しかった。ただし彼らが基準にしたのは、地球の中心ではなく、鉛の重り(おもり)が指す下方向だった」というものだった。

グリニッジの丘を登って天文台の中庭に入ると、地面に真鍮とステンレスの帯が南北に走っている。ここが経度0度、東半球と西半球の境目——ということになっている。夏場は行列ができる。みんな片足を東に、片足を西に置いて笑っている。
そこでポケットからスマホを出して、座標を表示するアプリを開いてみてほしい。経度は0.000にならない。西経0.0015度あたりを指しているはずだ。線の上に立っているのに、機械は「あなたはまだ西半球にいます」と言う。
東へ102メートル。天文台の敷地を出て、グリニッジ公園の芝生の中、なんの目印もないただの草地まで歩くと、ようやく数字が0.000になる。世界の本当の経度0度は、記念碑もなければ行列もない、犬が走り回っている斜面の途中にある。
22対1、フランスとブラジルは棄権
話は1884年のワシントンD.C.から始まる。各国代表が集まった国際子午線会議は、10月2日に全会一致でこう決議した。「いま存在する多数の初子午線に代えて、すべての国のために単一の初子午線を採用することが望ましい」。
問題はどこにするかだった。そして10月13日に採択された第二決議の文面が、この記事のすべての原因になる。
the meridian passing through the centre of the transit instrument at the Observatory of Greenwich (グリニッジ天文台の子午儀の中心を通る子午線)
注意してほしいのは、この決議が「グリニッジ天文台」でも「グリニッジの丘」でもなく、一台の観測機器の中心を名指ししている点だ。緯度経度でもなければ、地球の形に対する定義でもない。ロンドン南東の建物の中に据え付けられた、鉄と真鍮の望遠鏡。それが世界の基準になった。
採決は賛成22、反対1(サント・ドミンゴ、現在のドミニカ共和国)。フランスとブラジルは棄権した。フランスは「中立的な子午線であるべきだ」と主張して最後まで譲らず、自国の地図でグリニッジ基準を採用するのは1911年まで待つことになる。27年間、フランスの地図の経度0度はパリを通っていた。
選ばれた理由は身も蓋もない。当時すでに世界の海図の大半がグリニッジ基準で描かれていたからだ。理念ではなく、刷り直すコストが勝った。
43メートル、東へ東へと引っ越し続けた線
ここで先に知っておくと面白いことがある。グリニッジの子午線は、これが初めての引っ越しではない。天文台の歴史のなかで、経度0度の線は少なくとも4回引き直されている。
引っ越しの理由は毎回だいたい同じで、「前の建物が傾いた」「もっと大きい望遠鏡を入れたい」といった実務的なものだ。壮大な天文学的理由はない。結果として、ハレーの子午線はエアリーの線の約43メートル西にある。天文台の敷地を歩くと、いまも過去の子午線の位置に印が残っている。
つまり1884年の会議は、ちょうどそのとき最新だった望遠鏡を選んで世界標準にしただけ、とも言える。もし会議が数十年早ければ、世界の経度0度はいまより6メートル西だった。
鉛直線は、地球の中心を指していない
では102メートルのずれは、ヴィクトリア朝の測量が下手だったせいなのか。まったく違う。むしろエアリーの観測は驚くほど正確だった。
2015年、『Journal of Geodesy』誌に Malys, Seago, Pavlis, Seidelmann, Kaplan の5氏による論文 「Why the Greenwich meridian moved」 が発表され、この謎に決着がついた。原因は二つある。
ひとつめ。「垂直」の定義が違う。
昔の天文学者が子午線を決める手順はこうだ。望遠鏡を真上に向け、星が真南を通過する瞬間を捉える。このとき「真上」をどう決めるか——鉛の重りを糸で吊るす。糸が指す方向が鉛直、その反対が真上だ。
ところが、鉛直線は地球の中心を指していない。地球は完全な球ではないし、地下の岩盤の密度も場所によって違う。近くに山があれば、重りはわずかにそちらへ引かれる。この「鉛直線偏差(deflection of the vertical)」と呼ばれる現象は、グリニッジでも起きていた。
対してGPSは、地球の重心を基準に、宇宙から幾何学的に座標を決める。山の質量も地下の密度ムラも関係ない。論文は、高分解能の全球重力モデルを使い、グリニッジにおける鉛直線偏差の東西成分が、符号も大きさもこのずれ全体を説明するのにぴったり一致することを確認した。
言い換えれば、エアリーは正しく測った。ただし彼が測っていたのは「重力が定義する垂直」であって、「地球の中心が定義する垂直」ではなかった。ものさしが違っただけで、どちらも間違っていない。
0.0015度と、0.35秒
原因の二つめは、天文学ではなく制度の都合だ。そしてこちらのほうが、個人的にはずっと面白い。
20世紀後半、宇宙測地技術(人工衛星やVLBI)が実用化され、世界の座標系は天文学的な経度から幾何学的な経度へ移行した。このとき技術者たちは選択を迫られる。新しい基準系の経度0度を、どこに置くか。
選択肢は二つあった。
選ばれたのは2だった。「continuity in the UT1 time series was maintained」——UT1時系列の連続性が維持された、と記録されている。
世界時は地球の自転に基づく時刻で、天文観測・航法・そして各国の標準時の土台になっている。ここに数百分の一秒の段差を入れれば、過去数十年ぶんの観測データとの整合が崩れる。対して、真鍮の線がどこを通っているかは、誰の実務も止めない。
この判断は、ものすごく現実的だと思う。地図上の記念碑的な一本の線と、世界中の時計の連続性を天秤にかけて、後者を取った。結果として生まれたのが、あの奇妙な102メートルだ。誰も間違えていないのに、線と数字が食い違っている。
1801年から動かしていない線
最後に、この話を一段ややこしくする事実を置いておく。
イギリスの公式地図——オードナンス・サーベイの経度0度は、エアリーではなくブラッドリーの子午線である。
1801年に刊行された最初のオードナンス・サーベイ地図は、当時最新だったブラッドリーの子午線を経度0度として作られた。その後1884年に世界はエアリーを選んだが、イギリスの測量当局は自国の地図の基準を変えなかった。すでに膨大な図面がその基準で描かれていたからだ。そしてブラッドリー子午線は、いまもオードナンス・サーベイの経度0度であり続けている。
整理すると、グリニッジには実質三本の「経度0度」が同時に存在していることになる。
| 基準 | 位置 | 使われている場所 |
|---|---|---|
| ブラッドリー子午線(1750年頃) | エアリーの5.79m西 | 英国オードナンス・サーベイの地図 |
| エアリー子午環(1851年) | 真鍮の線・記念写真の場所 | 1884年の国際決議、観光 |
| IERS基準子午線 | エアリーの102m東 | GPS、スマホ、航空機、船舶 |
2015年の論文の著者たちは、エアリーの線が「間違っている」わけではないと明確に述べている。あの真鍮の線は、いまも天文時を定義した場所として正しい。ただ、世界がものさしを取り替えただけだ。
グリニッジに行くことがあれば、ぜひ二つとも踏んでみてほしい。真鍮の線で写真を撮ったあと、東へ102メートル、公園の芝生を下る。そこには何もない。柵も、看板も、行列もない。ただスマホの数字だけが 0.000 を示す。
世界で最も有名な線は記念碑の上にあり、世界で最も正確な線は、犬が走っている芝生の上にある。この二本の距離が、そのまま「人間が世界を測ってきた歴史」の厚みなのだと思う。
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