ロンドン塔Tower of London
ロンドンの歴史が詰まった要塞
- 料金
- 大人 £38〜 / 子ども £19〜
- 所要時間
- 3時間〜
- 最寄駅
- タワーヒル駅 徒歩5分
- 休館日
- 曜日の休館なし2026年9月時点
- 開館時間
- 9:00〜17:30 (最終入場16:30)
料金・開館時間は変更されることがあります。訪問前に 公式サイト で最新情報をご確認ください。
1078年に建てられた王室の要塞で、かつてはかつては牢獄や王室宝物庫として使用された。クラウン・ジュエル(王冠の宝物)を所蔵しており、ユニークな儀式やツアーで見学できる。伝説のカラスたちが塔を守るとされ、塔の守護神として有名。衛兵(ビーフィーター)が案内するガイドツアーは観光客に人気。
ロンドン塔の所要時間と回り方
クラウン・ジュエルとホワイト・タワーだけなら1時間半、衛士のツアーと城壁まで回るなら3時間、展示を全部見て休憩も入れるなら半日です。
- 開館は9:00(日・月曜は10:00)〜17:30、最終入場16:30。日によって変わるので公式で確かめてください。
- 衛士(ビーフィーター)のツアーは入場料に含まれ、予約は要りません。10:00(日・月曜は10:45)から45分おきに出発し、最終は15:15です。
- クラウン・ジュエルの列は昼前後に長くなります。
1時間半で回るなら
先にクラウン・ジュエルを見て、ホワイト・タワー、タワー・グリーンへ。公式の「90分の回り方」とほぼ同じです。
- 1
クラウン・ジュエル
ジュエル・ハウス(ウォータールー兵舎)25分
戴冠式で使われる王冠と宝物。動く歩道に乗って前を通る展示なので、見たいものを決めてから乗ってください。
- 2
ホワイト・タワー
城の中央35分
1070年代に建てはじめられた城の中心。中はヘンリー8世の甲冑など、王の武具の展示です。
- 3
タワー・グリーンと処刑台の跡
ホワイト・タワーの西10分
アン・ブーリンら、塔の中で処刑された人々を記念するガラスの記念碑があります。
- 4
カラス
場内の各所5分
「カラスが去ると王国が滅ぶ」という言い伝えで、いまも飼われています。
各地点の分数は見る時間の目安で、合計に館内の移動を足すと1時間半になります。
3時間で回るなら
衛士のツアーで全体をつかんでから、クラウン・ジュエル、ホワイト・タワー、中世の宮殿と城壁、囚人の塔へ。
- 1
衛士(ビーフィーター)のツアー
入口の内側から出発45分
衛士が城の歴史を語りながら場内を案内するツアー。最初に参加すると、あとで一人で回るときに場所の意味が分かります。
- 2
クラウン・ジュエル
ジュエル・ハウス(ウォータールー兵舎)25分
昼前後は列が伸びるので、ツアーの前後どちらかの空いている時間に。
- 3
ホワイト・タワー
城の中央35分
王の武具の展示。上の階まで上がると場内を見渡せます。
- 4
中世の宮殿と城壁
川側の塔と南の城壁25分
13世紀の王の居室を再現した部屋から城壁の上へ。テムズ川とタワーブリッジが見えます。
- 5
ブラッディ・タワー
城の南側10分
幼い2人の王子が消えたとされる塔。長く幽閉されたウォルター・ローリーの部屋も再現されています。
- 6
ボーチャム・タワーの落書き
タワー・グリーンの西10分
囚人たちが壁に彫った名前や紋章が、そのまま残っています。
各地点の分数は見る時間の目安で、合計に館内の移動を足すと3時間になります。
半日で回るなら
3時間の順路に、拷問の展示、王立造幣局の展示、フュージリア連隊博物館と、場内のカフェでの休憩を足します。
- 1
衛士(ビーフィーター)のツアー
入口の内側から出発45分
最終は15:15。午前の早い回に乗ると、残りの時間を広く使えます。
- 2
クラウン・ジュエル
ジュエル・ハウス25分
昼前後を避けて。
- 3
ホワイト・タワー
城の中央40分
王の武具の展示を上の階まで。
- 4
休憩
場内のカフェ20分
場内で食事と飲み物がとれます。
- 5
中世の宮殿と城壁
川側の塔と南の城壁30分
城壁の上からテムズ川とタワーブリッジ。
- 6
ブラッディ・タワーとボーチャム・タワー
城の南側と西側20分
消えた王子の伝説と、囚人の落書き。
- 7
拷問の展示と王立造幣局の展示
場内20分
どちらも入場料に含まれます。
- 8
フュージリア連隊博物館
場内15分
塔に本部を置いてきた連隊の博物館。入場料に含まれます。
見終わったら、すぐ隣のタワーブリッジまで歩いて渡れます。
各地点の分数は見る時間の目安で、合計に館内の移動を足すと半日になります。
2026年10月5日に公式の館内図と案内で確かめた内容です。展示替え・作品の貸し出し・改装で部屋や順路は変わるので、当日は館内の案内も見てください(Historic Royal Palaces – Tower of London itineraries、Historic Royal Palaces – Yeoman Warder tours、Historic Royal Palaces – Opening and closing times)。
このページの内容
着いてからの歩き方
ロンドン塔に着いたら、この順に見ていくと迷いません。
- コツ
着いたらまずクラウンジュエルへ
入場して最初に向かうべきはジュエルハウス。11時を過ぎると団体客が入り始めて行列が一気に伸びるので、開館直後に見てしまうのが一番効率がいい。午後しか行けない場合は15時以降が狙い目です。
- 見どころ
クラウンジュエル
戴冠式で実際に使われる王冠と宝物が、動く歩道の脇に並びます。立ち止まれないので、見たいものを決めてから乗るのがコツ。2023年のチャールズ3世の戴冠式で使われた品もここにあります。
- 見どころ
ビーフィーターのツアー
赤と金の制服を着たヨーマン・ウォーダー(衛士)が場内を案内するツアー。入場料に含まれ、予約は要りません。10:00(日・月曜は10:45)から45分おきに出発し、最終は15:15。天候や混雑で取りやめることがあります。処刑や幽霊の話を含む語りが上手く、これ目当てで来る人もいるほどです。
- 見落としやすい
ボーチャム塔の落書き
見逃されがちですが、ここが塔で最も生々しい場所かもしれません。処刑を待つ囚人が壁に彫り込んだ文字や紋章が、そのまま残っています。レディ・ジェーン・グレイやガイ・フォークスら、名前を知っている人物が実際に閉じ込められていた部屋です。
- 見どころ
ホワイトタワー
1078年に建てられた中核の建物。中は甲冑コレクションで、ヘンリー8世の巨大な鎧が見どころです。階段が多く上りきると場内を見渡せます。
- 見落としやすい
カラスを探す
「カラスが塔を去れば王国は滅びる」という言い伝えがあり、いまも王室費で飼われています。芝生や壁の上をうろついていて、ヨーマン・ウォーダーの後ろをついて歩いていることも。餌をくれる相手を知っている賢い鳥です。
歴史
ロンドン塔は観光地になる前に、まず征服者が置いた楔でした。
1066年にイングランドを征服したウィリアム1世は、ロンドンの東端、ローマ時代の市壁の内側に石の塔を建て始めます。1078年ごろ着工したこの建物が、いま中央に立つホワイトタワーです。監督したのはロチェスター司教ガンダルフ。石はわざわざ海を越えて、ノルマンディーのカーンから運ばせました。
なぜ手間をかけたのか。当時のロンドンは木造の家が密集する街で、石造りの高い建物は存在しませんでした。完成したホワイトタワーはイングランド最大の石造建築であり、市民が毎日見上げることになる位置に置かれています。つまりこれは防御施設であると同時に、「誰が支配者になったか」を無言で伝え続ける装置でした。
その後900年かけて、塔は用途を足し続けます。王の住居、造幣所、武器庫、天文台、そして1204年から600年間は王室の動物園。ライオンやゾウ、シロクマまで飼われていました。牢獄はそのうちのひとつの機能にすぎません。
外装のカーン石は17〜18世紀に大半がポートランド石へ差し替えられているので、いま見えている白い壁は、厳密には創建時の石ではありません。
「処刑の塔」という評判は、実は誇張されている
ロンドン塔と聞いて処刑を思い浮かべる人は多いはずですが、塔の内側で斬首されたのは7人だけです。
塔内での処刑は、群衆に晒されずに済むという意味で、むしろ特権でした。与えられたのは高位の者に限られます。アン・ブーリン(1536年)、キャサリン・ハワード(1542年)、マーガレット・ポール(1541年)、そして16歳のレディ・ジェーン・グレイ(1554年)。タワーグリーンの記念碑はこの7人のためのものです。
では大量の処刑はどこで行われたのか。塔の外、タワーヒルの丘です。ここは公開処刑の場で、歴史家の推計では約125人が処刑されました。見物人が集まる見世物だったのはこちらのほうで、塔の評判はこの丘のぶんまで背負い込んでいることになります。
拷問についても同じことが言えます。拷問には枢密院の令状が必要で、1540年から1640年の100年間に認可されたのは全国で81件、うち塔で執行されたのは48件でした。日常的な手段ではなく、例外的な措置だったわけです。
ただし受けた者にとって例外は慰めになりません。1605年の火薬陰謀事件で拷問を受けたガイ・フォークスは、供述書に署名を残しています。11月8日の署名と、その翌日の署名を並べると、筆跡が別人のように崩れている——手が壊れたことが、紙の上にそのまま残っています。
塔で最後に人が死んだのは、中世ではなく1941年
処刑の歴史は遠い昔の話に聞こえますが、ロンドン塔で最後に人が銃殺されたのは1941年8月15日です。
その年の1月末、ドイツのスパイ、ヨーゼフ・ヤコブスがパラシュートでイングランド中部に降下しました。ところが着地に失敗して足首を骨折。動けないまま畑に横たわり、拳銃を空に撃って助けを呼んだところを地元の農夫に発見され、そのまま逮捕されます。
裁判のあと、処刑場所に選ばれたのは塔の敷地内にある小口径射撃場でした。ここで問題になったのが、彼が骨折のせいで立てなかったことです。そのため茶色のウィンザーチェアが持ち込まれ、ヤコブスは椅子に縛られ、胸に的を留められた状態で銃殺されました。執行したのはスコッツガーズの8人。うち3人には空砲が渡されており、実弾は5発です。
このとき使われた椅子は、いまもロイヤル・アーモリーズが保管しています。中世の斬首台と第二次大戦の椅子が、同じ敷地の歴史として地続きに並んでいる——それがこの場所の特異なところです。
豆知識
- カラスの伝説は、思ったより新しい。「カラスが去れば王国が滅びる」という言い伝えは、チャールズ2世の時代に始まったと語られてきました。しかし塔の公式歴史家ジェフリー・パーネルが千年分の記録を精査したところ、1883年より前にカラスへの言及が一つも見つかりませんでした。チャールズ2世が守ったという逸話も、同時代の裏付けがありません。おそらくヴィクトリア朝に、飼われていた鳥へ後から物語が接がれたものです。伝説が新しいと知ってから見ても、鳥がそこにいる事実は変わりません。
- クラウンジュエルの多くは1661年製。「王家に代々伝わる宝」という印象がありますが、1649年にチャールズ1世が処刑されたあと、議会は王権の象徴だった宝物を鋳潰して貨幣にしてしまいました。現在の品は王政復古後、チャールズ2世の戴冠に間に合わせて作り直したものです。中世から続くレガリアは、内乱で一度途切れています。
- 君主の笏の先に、530カラットのダイヤがある。カリナンI(通称「アフリカの星」)は、無色透明のカット済みダイヤとしては世界最大です。1905年に南アフリカで見つかった原石を分割したうちの1個で、笏に据えるためだけに使われています。
- ホワイトタワーは「血の塔」ではない。この2つはよく混同されますが別の建物です。ブラッディ・タワー(血の塔)は水門近くの小ぶりな塔で、幼い王子2人が姿を消したとされる場所として、後年その名が付きました。
夜の鍵の儀式は、予約すれば見られる
キーセレモニー(Ceremony of the Keys)は、塔の門を施錠する700年続く儀式です。毎晩21時53分に始まり、所要は約30分。
観光客向けの追加公演ではなく、実際にその日の塔を閉める作業を見せているものです。人数が限られるため、公式サイトでの事前予約制です。料金は£10〜£50の範囲で自分で選ぶ方式で、推奨額は£30。チケットは毎月第1営業日の13時に翌月分が売り出され(その日が金曜なら翌週の月曜)、すぐに埋まります。
入場は21時30分きっかりで、遅刻すると一切入れません。夜のロンドンで交通が乱れることを考えると、周辺に早めに着いておくのが安全です。
なお日中のヨーマン・ウォーダー(ビーフィーター)のツアーは入場料に含まれており、こちらは予約不要で当日先着です。有料の別チケットが要るわけではないので、混同しないでください。
場所とアクセス
ロンドン塔が出てくるコラム
このスポットにまつわる歴史や逸話を、1本ずつ掘り下げた読み物です。

ロンドン塔のワタリガラスは1883年に来た——「6羽消えると英国が滅びる」の予言は1944年に生まれた
「カラスが6羽いなくなればロンドン塔は崩れ、王国は滅びる」——チャールズ2世の勅命だと、いまも塔で語られている。ところが塔の公式歴史家が千年ぶんの記録を洗っても、19世紀末より前にカラスへの言及がひとつも出てこない。塔は600年間、ライオンやホッキョクグマの飼育記録をきちんと残していた。カラスだけが、その台帳に一行も現れないのである。

ロンドン塔「鍵の儀式」700年——ナチスの爆撃でも7分間だけは止まらなかった
ロンドン塔では毎晩午後9時53分、たった7分間だけの門閉め儀式が700年近く途切れることなく続けられている。きっかけは、鍵も持たずに無防備な城へ入れてしまった衛兵に激怒した14世紀の王。第二次世界大戦中、爆弾で兵士たちが吹き飛ばされた夜でさえ、この儀式は「少し遅れた」だけで中止にはならなかった。
みんなの口コミ
ロンドン塔を訪れた感想や、これから行く人に役立つコツがあれば教えてください。