pudding
イギリスの pudding はプリンじゃなくて「食後の甘いもの」全部のこと。なのに朝食の血のソーセージも pudding と呼ぶので、知らずに Yes と No を言うと両方で事故る。

ロンドンで働く友人の後輩、Kくんの話。同僚の家のサンデーローストに呼ばれて、ローストビーフをきれいに平らげた。そこでホストの奥さんがにこやかに聞く。
「Anyone for pudding?」
Kくんは甘いもの好きだけど、卵くさいプリンだけは子どもの頃から無理。「I'm fine, thank you」と丁寧に断った。
5分後、テーブルに出てきたのは湯気の立つスティッキートフィープディング。熱々のトフィーソースに、溶けかけのバニラアイス。Kくん以外の全員の前に。
一度 I'm fine と言った手前「やっぱりください」も言えず、彼は一人で紅茶をすすったらしい。これ、単語ひとつ知ってたら防げた事故だと思う。
料理名じゃなくて、コースの名前
結論から言うと、イギリスの pudding は料理名じゃなくてコースの名前。日本語の「ご飯行こう」がパスタでもラーメンでも成立するのと同じで、甘ければだいたい pudding になる。
「What's for pudding?」は「今日のデザート何?」。略して pud とも言う。スーパーには Puddings という売り場まである。
じゃあ日本のあのプルプルは英語で何かというと、たいてい crème caramel。明治の日本で custard pudding が「プリン」に縮んだせいで、日本人の頭には pudding = プリンの回路ができあがってる。アメリカ人も pudding と聞けばカップ入りのミルク系デザートを思い浮かべるので、話がズレてるのはむしろイギリスのほう。
ちなみに1954年、言語学者アラン・ロスが「上流階級は pudding、そうでない人は sweet と言う」と論文に書き、作家ナンシー・ミットフォードが面白がって広めた。試しに職場で聞いてみたら、リーズ出身の同僚は子どもの頃ずっと afters だったと言い、寄宿学校出の上司は「pudding 以外に何て言うの?」という顔をした。とはいえロンドンのレストランのメニューには普通に Desserts と書いてあるので、日本人がどれを使っても誰も気にしない。
The proof of the pudding is in the eating
ところが近所のカフェでフル・イングリッシュを頼むと、ベイクドビーンズの横に黒い輪切りが2枚乗ってくる。あれも black pudding。豚の血と脂とオーツ麦を詰めたソーセージだ。
どこにも甘さがない。でも歴史的にはこっちが本家。語源は古フランス語の boudin(ソーセージ)という説が有力で、13世紀の pudding は動物の胃袋や腸に肉や脂を詰めたものだった。17世紀に「プディング布」で包んで茹でるやり方が広まって、ようやく腸から独立し、甘い方向へ出世していったという流れ。
ことわざ The proof of the pudding is in the eating(プディングの良し悪しは食べるまで分からない)が初めて活字になったのは1605年。その頃の pudding はまだ腸詰めだった。そりゃ食べるまで分からない。中身が本当に何か分からないんだから。
つまりイギリスでは「甘いと思ったら血だった」も「断ったら大好物だった」も起こりうる。教訓はひとつ。夕食後の pudding には、とりあえず Yes と言え。