2026年9月29日
連載「ロンドン百貨店物語」全 2 回 の第 2 回
1909年3月15日、ロンドンのオックスフォード・ストリートに、シカゴから来たアメリカ人ハリー・ゴードン・セルフリッジの百貨店が開いた。初日の客は9万人。その夏には英仏海峡を渡ったばかりの飛行機を店に飾って4日で15万人を集め、1925年にはテレビの初めての公開実験の舞台にもなった。連載「ロンドン百貨店物語」の第2回は、買い物を娯楽に変えた男が、借金を重ねて自分の店を追われるまでをたどる。

第1回のハロッズは、小さな食料品店が半世紀かけて大きくなった店だった。今回の店は逆で、最初から大百貨店として建てられた。建てたのは、ロンドンでは誰にも知られていなかったアメリカ人である。彼はロンドンの人々に、買い物は用事ではなく楽しみなのだと教えようとした。そしてそれに成功し、最後は自分の店を追われた。
古巣に断られ、相棒に去られて
1906年5月、ひとりのアメリカ人がロンドンに着いた。ハリー・ゴードン・セルフリッジ、48歳。イギリスでは誰にも知られていなかった。
アメリカ中西部の小さな町に生まれ、10歳で新聞配達を始めた。若くしてシカゴの大百貨店に入り、倉庫係から四半世紀近く勤めて、小売部門を率いる共同経営者にまでなった。1904年に引退したときには、大きな財産を築いていた。
その彼の目に、ロンドンの店は地味に映った。アメリカの大百貨店のような華やかさがない。ならば、自分でロンドンに建てればいい。
まず古巣の経営陣に出資を持ちかけたが、断られた。次に組んだのは、同じオックスフォード・ストリートで家具の大店を営む経営者で、1906年にふたりの名を冠した会社を作る。ところが相棒は資金繰りにつまずき、1年半ほどで手を引いた。工事は、敷地を更地にして地下を掘ったところで止まってしまう。
救ったのは、紅茶の仲買人だった。彼が保証人のひとりになり、1908年3月、工事は猛烈な速さで再開する。開店は、そのちょうど1年後である。
場所はオックスフォード・ストリートの西の端。当時はまだ、流行の中心から外れた場所だった。
鉄骨の百貨店と、ロンドンの建築規則
設計を頼んだのは、古巣の百貨店の仕事もしていたシカゴの建築事務所だった。骨組みは鉄骨。およそ7メートルおきに柱を縦横に並べ、壁ではなく柱で建物を支える。これほど徹底した格子状の鉄骨は、イングランドでは前例がなかった。
第1回で、ハロッズはロンドンの建築規則のために建物を防火壁で細かく仕切るしかなく、アメリカから来た視察者に「別々の店が横に並んでいるだけだ」と言われた、と書いた。同じ規則は、この店にもかかった。ひとつの区画に許される大きさには、上限があったのである。
そこで店は、法律を満たすためだけの壁を立てた。建物を支えない、コンクリートの仕切り壁である。壁には大きな開口部を開けて鉄の扉を付け、売り場どうしを行き来できるようにした。これらの壁は、のちにほとんど取り払われている。
工事を見たロンドンの州議会の議員たちはアメリカ式の建て方が確かなものだと認め、それを許す法案をまとめた、とシカゴの新聞の特派員は伝えている。1909年、鉄骨造の建物を認める法律ができた。この店の工事は、その後押しになった。
通りに面した窓には、当時のイギリスの商業建築でおそらく最大の板ガラスがはめられた。もっとも、1909年に開いたのは、いまの正面の3分の1ほどにすぎない。建物が通りの端から端までを埋めたのは、19年後の1928年のことだ。
開店初日の客は9万人

開店の前から、セルフリッジは新聞を使った。ロンドンの人気挿絵画家38人に描かせた広告を、18の新聞に次々と載せる。『タイムズ』の全面広告は、電動エレベーター9基、100の売り場、1200人の販売員をうたった。
1909年3月15日、月曜日。店が開くと、初日だけで9万人が訪れ、最初の1週間で100万人を超えたという。
新しかったのは、建物より売り方だった。それまでのロンドンの店は、買う物の決まった客が店員に品を出してもらう場所で、ぶらりと見て回る客は歓迎されなかった、とよく言われる。セルフリッジはこれを変えた。商品は、客が自分の目で見て手に取れるように並べる。店員は、買う気のない客に売り込まないよう教えられた。見て回るだけで帰ってもかまわない。利益の大きい香水の売り場は、1階の正面、いちばん目立つ場所に置いた。いまでは多くの百貨店で当たり前になった配置である。
買い物の合間に休む場所も作った。レストラン、図書室、手紙を書くための部屋、応急手当の部屋。「静寂の間」と名付けた部屋には、柔らかな明かりと深い椅子があり、窓は二重ガラスだった。そして、女性用の化粧室と休憩室。当時のロンドンには、女性がひとりで街に出て一日を過ごせる場所が少なかった。ここなら昼を食べ、休み、友人と待ち合わせができる。女性参政権を求める活動家たちも、運動の合間にここで体を休めたという。
クリスマスまで「あと何日」と数えて買い物を促す文句は、彼がシカゴ時代に始めたとされる。「お客さまはいつも正しい」という言葉も、彼か、シカゴ時代の雇い主のものとされることが多い。
1909年の飛行機と、1925年のテレビ
開店から4か月あまりたった1909年7月25日、フランスの飛行家が、自分で設計した小さな単葉機で、英仏海峡を初めて飛んで渡った。飛行時間は36分半。イギリスの新聞社が懸けた賞金1000ポンドを手にした。
その機体は急いで修理され、セルフリッジズの店内に飾られた。4日間で15万人が見に来たという。海峡を渡ってきたばかりの飛行機を、店の中で間近に見られる。百貨店が、その週いちばんのニュースを売り場に持ち込んだのである。機体はいま、パリの国立工芸院の博物館に展示されている。
16年後の1925年の春には、テレビがこの店に来た。スコットランド出身の技術者ジョン・ロジー・ベアードは、ロンドンの小さな作業場で、映像を電気で送る装置を作っていた。話を聞いたセルフリッジの息子が見に行き、店で実演してほしいと頼む。報酬は週25ポンド、期間は3週間。客が見たのは、動く影絵のようなぼんやりした像だった。それでも、動く像を送る装置が一般の人の前で動いたのは、これが初めてとされる。
1918年からの転落
1918年5月、妻が、世界に広がっていた流行性感冒で亡くなった。57歳だった。このころから、セルフリッジの暮らしは変わっていく。
1920年代、彼は賭け事と女性に金を注ぎ込んだ。とりわけ知られているのが、舞台で人気を集めていたハンガリー生まれの双子の踊り子である。1925年にロンドンで出会い、高価な贈り物をし、フランスの保養地のカジノで姉妹が負けた分を肩代わりした。姉妹が彼の金で賭けに使った額は、400万ドルにのぼるとも言われる。
商売でも無理を重ねた。1927年には、ロンドン西部の老舗百貨店を買い取る。第1回でハロッズの支配人になった人物が、もとは働いていた店である。本店の中央に巨大な塔を載せる計画もあり、1916年には高さ350フィート(約107メートル)でロンドンの州議会と話がついていた。だが、塔は建たなかった。『サーヴェイ・オブ・ロンドン』は、セルフリッジの懐具合が傾いたためだろうと見ている。
1929年に始まった世界恐慌が、追い打ちをかけた。1940年ごろには未納の税金が25万ポンドにのぼり、銀行にも、自分の会社にも借金があった。1941年、取締役会は83歳の彼を会長の座から降ろす。新しい肩書きは「顧問」、年俸は2000ポンド。株主総会では、その年俸で会社への借金を返したらどうか、という声まで上がったと、アメリカの『タイム』誌は伝えている。会長を退いたセルフリッジは、ルネサンス期のフィレンツェの大富豪の伝記を書いていたという。
1947年、89歳の最期
晩年のセルフリッジは財産を失い、ロンドン南西部の住宅地で、娘と小さな部屋に暮らした。伝記作家によれば、彼はときどきバスでオックスフォード・ストリートまで出かけ、自分の名が付いた店を外から眺めていたという。
1947年5月8日、気管支肺炎で死去。89歳だった。亡きがらは、かつて借りていた南海岸の城に近い教会の墓地に、妻と母と並んで葬られた。
店は、創業者がいなくなっても続いた。第二次世界大戦中は地下が防空壕になり、1943年からは、チャーチル首相とルーズベルト大統領が大西洋越しに話すための暗号電話の装置が、この店の地下に置かれていた。戦後は持ち主が何度も替わり、2022年には約40億ポンドで売られている。
建物は2020年、国の登録建造物としての格付けが一段上がった。正面入口の上では、1931年に据えられた金色の大時計「時の女王」が、いまも時を刻んでいる。2013年から16年には、彼の生涯をもとにしたイギリスのテレビドラマ『セルフリッジ 英国百貨店』も作られ、日本でも配信された。
第1回のハロッズは、小さな食料品店が半世紀かけて大きくなった店だった。セルフリッジズは、最初から大百貨店として建てられた。『サーヴェイ・オブ・ロンドン』は、それができたのは1900年より前にはおそらく無理だったほどの元手と借金があったからだと書き、この店は創業者が言うほど儲かってはいなかった、とも書いている。借金で建てた店は借金で大きくなり、最後に創業者を追い出した。
――次回。1875年、ロンドンのリージェント・ストリートで、店の半分だけを借りて、日本や東洋の品を売り始めた男がいる。元手は、のちの義父から借りた2000ポンド。いまのリバティである。
記事に登場した場所の見どころ・料金・アクセスは観光ガイドにまとめています。
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ハロッズの創業者は1836年、盗品の干しブドウを買って有罪になった——ライオンも象も売った店の始まり 第1回
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