2026年8月30日
2024年12月、キャドバリーは170年つづいた王室御用達の資格を失った。理由は伝えられていない。理由を伝えないことが、この制度の作法だからである。ロイヤル・ワラントは永久の栄誉ではなく、最長5年で切れ、君主が死ねば全部いったん失効し、余計なことを喋れば取り上げられる、きわめて現実的な契約だ。

ロンドンの街を歩いていると、店の看板やジャムの瓶に、ライオンとユニコーンが盾を支えている紋章が入っているのを見かける。添えられているのは「By Appointment to His Majesty The King」。日本語で言う「宮内庁御用達」にあたるものだと理解されていて、だいたいそれで合っている。
ただ、多くの人が誤解しているのは、あれが過去の栄誉の記録ではないということだ。あれは現在有効な契約の表示である。切れる。取り上げられる。君主が死ねば全部消える。そして取り上げられるとき、理由は教えてもらえない。
2024年12月、その仕組みが久しぶりに人目に触れた。
2024年12月、リストから約100社が消えた
2024年12月、チャールズ3世とカミラ王妃の名で、新しい王室御用達のリストが発表された。載っていたのは386社。そして、そこにキャドバリーの名前はなかった。
キャドバリーが最初にロイヤル・ワラントを得たのは1854年、ヴィクトリア女王からである。以来170年、包装紙には王室の紋章が入っていた。エリザベス2世の好物だったとも報じられてきた会社だ。それが、新治世の最初の見直しで外れた。同じリストから落ちた企業は約100社にのぼり、ユニリーバもその中にいた。
キャドバリーは手紙で通知を受けたと報じられている。ただし、理由は書かれていなかった。これは意地悪ではなく、慣例である。ワラントの授与も取り消しも、理由を説明しないことになっている。
背景としてメディアが指摘したのは、ロシアでの事業だ。2022年のウクライナ侵攻後もロシアで営業を続ける企業からワラントを取り上げるよう、キャンペーン団体B4Ukraineが国王に働きかけており、キャドバリーの親会社モンデリーズとユニリーバは名指しされていた。宮殿はこれを認めても否定してもいない。認めないことが制度の作法だからである。
イギリスの新聞はこの件を「国王がキャドバリーを剥奪した」と書いた。気持ちは分かるが、正確ではない。剥奪されたのではなく、契約が更新されなかったのだ。この違いを理解するには、そもそもワラントが何なのかを見たほうが早い。
王室はタダでもらっているわけではない
記録に残る最初のイギリス王室のチャーターは、1155年にヘンリー2世が織物職人組合(Weavers' Company)へ与えたものとされる。当初は組合や個人への特権付与で、15世紀になるとチャーターに代わってワラントの仕組みが整い、宮内長官(Lord Chamberlain)が王室への供給者を任命する形になった。1476年にウェストミンスターへ印刷機を持ち込んだウィリアム・カクストンが、King's Printerとして初期の受給者の一人に数えられている。
爆発的に増えたのはヴィクトリア朝で、この時代におよそ2,000件のワラントが出された。1885年からは『ロンドン・ガゼット』に保持者の年次リストが掲載されるようになる。そして1840年5月25日、「女王陛下の商人たち」がヴィクトリア女王の誕生日を祝う会をグレート・クイーン街のフリーメイソンズ・タヴァンで開き、そこからRoyal Warrant Holders Associationが生まれた。御用達の商人たちが自前で作った同業者組合である。
現在の条件は、かなり事務的だ。
三つ目と四つ目も面白いが、決定的なのは二つ目である。王室はちゃんと代金を払っている。つまり「うちの商品を献上しました」では一生取れない。取引実績のない献上は、この制度では実績としてカウントされない。
そして期間は最長5年。5年ごとに審査があり、しかもワラントは会社にではなく、その会社の中の特定の個人の名前に対して与えられる。この最後の一点が、後で人生を狂わせる。
2022年9月8日から始まっていた2年の猶予
ワラントは授与者(グランター)個人に紐づいている。だからグランターが亡くなると、その名義のワラントは技術的には無効になる。慣例として最長2年間は表示を続けてよいことになっており、その間に商人たちは新しい君主へ申請をやり直す。
2022年9月8日、エリザベス2世が崩御した。この時点で約800社がワラントを保持していた。ブーツもウィータビックスも入っている。彼ら全員に、2024年9月8日という期限が設定され、全員が申請書を書き直すことになった。
チャールズ3世とカミラ王妃による最初の授与は2024年5月。そして同年12月に第二弾として386社。この2回で、エリザベス2世時代のリストは新しいものに置き換わった。
ここで、数字が減った理由をひとつ補っておきたい。エリザベス2世の時代、ワラントを出せるグランターは3人いた。女王、エディンバラ公フィリップ殿下、そして皇太子時代のチャールズである。一人の商人が複数のグランターからワラントを得ることもできたので、リストは膨らむ。ところがフィリップ殿下は2021年に亡くなり、チャールズは国王になった。授与者は国王と王妃の2人に減った。分母が縮んだ以上、総数が減るのは制度上の必然でもある。
とはいえ、それでキャドバリーの件が説明できるわけではない。170年つづいた供給関係のある会社が、単なる数合わせで落ちたと考えるのは無理がある。落ちるときには落ちる理由がある——ただし、教えてもらえない。
ワラントが証明しているのは品質ではなく距離である
ワラントを失う典型的な経路を、二つ挙げたい。
リグビー・アンド・ペラーは1960年からワラントを持つ高級ランジェリー店で、エリザベス2世の採寸を担当していた。2017年、元オーナーのジューン・ケントンが回顧録『Storm in a D Cup』を出す。そこには、コーギーが見ている前で女王の下着を合わせた場面や、ダイアナ妃にランジェリーモデルの写真を持っていった話などが書かれていた。
2018年1月、王室の令状委員会はワラントを取り消した。会社のワラントだけでなく、ケントン個人のワラントもである。前節で触れた「個人に与えられる」という仕組みが、ここで効いてくる。宮殿が挙げた理由は、保持者に期待される秘密保持の慣行に反した、というものだった。57年の関係が、本一冊で終わった。ケントン自身、のちに「絶対に書くべきではなかった」という趣旨で悔いを語っている。
ハロッズのほうは、もっと派手に終わった。同店は1955年から女王の、1980年から皇太子のワラントを持っていた。2000年1月、エディンバラ公が自身のワラントを撤回する。宮殿の説明は「数年にわたり取引関係が著しく減少したため」。ただし一般には、1997年のダイアナ妃とドディ・ファイドの事故のあと、オーナーのモハメド・アルファイドがエディンバラ公について行った主張が原因と見られている。アルファイドは再申請をせず、店から王室の紋章を撤去した。そして2010年、彼は撤回されたその年にワラントを焼いたと明かしている。
もう一つ、1999年には公衆衛生上の判断としてタバコ会社のワラントが一斉に取り消されている。
三つの事例に共通しているのは、問われているのが商品の質ではないということだ。リグビー・アンド・ペラーのブラジャーは翌日も同じ品質だったし、キャドバリーのチョコレートの味は2024年12月に変わっていない。ワラントが証明しているのは品質ではなく、王室との距離の取り方である。喋らない。騒がない。そして近年は、どこで商売をしているかまで見られる。
審査基準にネットゼロが入った日
2025年6月30日、国王がウィリアム皇太子とキャサリン妃をロイヤル・ワラントのグランターに任命したことが発表された。二人が授与を始めるのは2026年からで、申請は2026年5月から6月にかけて受け付けられた。つまりこの夏、締め切られたばかりである。結果の発表は年内が見込まれている。
これは地味なようで、なかなかの出来事だ。プリンセス・オブ・ウェールズがワラントを授与するのは、1910年のメアリー・オブ・テック以来、116年ぶりになる。減り続けていたグランターが、久しぶりに増える。
そしてもう一つ、静かに変わったことがある。申請書類だ。現在の申請者は、Application FormとTrading Review Formに加えて、Sustainability Criteriaの提出を求められる。ネットゼロに向けた進捗や、倫理的な事業慣行を示さなければならない。1155年に織物職人へ与えられた特権が、2026年にはカーボンの話になっている。
ここまで見てくると、キャドバリーの件は「伝統が壊れた」話ではないことが分かる。むしろ制度が設計どおりに動いた話だ。ロイヤル・ワラントは最初から勲章ではなく、5年ごとに更新される契約であり、審査の基準は時代が書き換える。1854年に取ったものが2024年に切れるのは、事故ではなく仕様である。
だからロンドンで「By Appointment」の紋章を見かけたら、それは過去の栄誉の記念碑ではない。いまも有効な取引関係があるという現在形の表示だ。そして、去年まで紋章が出ていた店から、それが静かに消えていることがある。そういう店には、たぶん一通、理由の書かれていない手紙が届いている。
← 前の記事
奴隷船の上で生まれた男が、救貧税を払っていたので投票した——1780年、チャールズ街の食料品店主が誰に一票を入れたかを、われわれは知っている
この記事を読んだ感想や、関連して知っていることがあれば教えてください。
まだコメントはありません。最初の投稿をお待ちしています。