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    2026年9月10日

    ロンドンの街王室・制度歴史・事件

    ロンドン塔のワタリガラスは1883年に来た——「6羽消えると英国が滅びる」の予言は1944年に生まれた

    「カラスが6羽いなくなればロンドン塔は崩れ、王国は滅びる」——チャールズ2世の勅命だと、いまも塔で語られている。ところが塔の公式歴史家が千年ぶんの記録を洗っても、19世紀末より前にカラスへの言及がひとつも出てこない。塔は600年間、ライオンやホッキョクグマの飼育記録をきちんと残していた。カラスだけが、その台帳に一行も現れないのである。

    ロンドン塔のワタリガラスは1883年に来た——「6羽消えると英国が滅びる」の予言は1944年に生まれた

    ロンドン塔のワタリガラスは、イギリス観光でもっとも写真に撮られる鳥だろう。だがこの「古い伝統」は、記録に現れるのが1883年、予言が文書に現れるのが1944年7月という、驚くほど新しいものだった。捏造の物語ではない——伝統がどうやって生まれ、なぜ本物になるのかという話である。

    千年ぶんの記録を洗っても、カラスが出てこない

    2004年11月15日、ガーディアン一面

    ロンドン塔でヨーマン・ウォーダー(ビーフィーター)のツアーに参加すると、必ずこの話を聞かされる。

    17世紀、初代王室天文官ジョン・フラムスティードが、ホワイト・タワーでの観測をカラスに邪魔されると国王チャールズ2世に訴えた。王は「あの鳥どもを追い払え」と命じたが、「カラスが塔を去れば、塔は崩れ、王国も倒れる」という予言を聞かされ、考えを変える。天文台のほうをグリニッジへ移し、カラスは塔に残した——だから今日も塔には最低6羽のワタリガラスがいて、王室の命令によって飼われている。

    よくできた話である。実際、グリニッジ天文台が1675年に設けられ、フラムスティードが初代天文官になったのは事実だ。

    ところが、この話を裏づける史料が一つも無い。

    ロンドン塔の公式歴史家で、王立武具博物館の「タワー史保管官」を務めたジェフリー・パーネルは、塔に残る記録を千年ぶんさかのぼって調べた。カラスへの言及が、19世紀末より前にひとつも出てこない。 2004年11月15日、ガーディアン紙の一面に、メイヴ・ケネディによるパーネルへのインタビューが載った。見出しはこうである。

    「ロンドン塔のカラス神話は、ヴィクトリア朝の空想かもしれない」 (Tower's raven mythology may be a Victorian flight of fantasy)

    同じ結論に、別の道から到達した研究者がいる。動物と文化の関係を研究するボリア・サックスで、論文「いかにしてワタリガラスはロンドン塔へ来たか」(Society & Animals 15巻3号、2007年、269–283頁)、続く「ロンドン塔のカラス——創られた伝統か、フェイクロアか、現代の神話か」(Storytelling, Self, Society 6巻3号、2010年、231–240頁)、そして著書『カラスの都市』(City of Ravens, 2011年)で、この伝統の成り立ちを追いかけた。

    サックスの結論も同じだった。19世紀末より前に、ロンドン塔のカラスへの言及は存在しない。 そしてチャールズ2世の勅命という話に至っては、1944年より前にさかのぼれない。

    では、いつ、誰が、なぜ始めたのか。この問いの答えが、なかなか面白いのである。

    600年の動物台帳に、カラスは一行も出てこない

    ホッキョクグマがテムズ川で漁をした塔で

    「記録が残っていないだけでは」と思うかもしれない。だがロンドン塔は、動物の記録に関しては異様なほど筆まめな場所だった。

    塔には**王立動物園(ロイヤル・メナジェリー)**があった。1235年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世がヘンリー3世に3頭の「レオパード」(おそらくライオン。当時の紋章学の語法による)を贈ったのが始まりとされる。

    • 1252年、ノルウェー王からホッキョクグマが贈られる。
    • 1253年、国王の命令により、このクマは長い鎖につながれてテムズ川で漁をすることを許された。餌代を浮かせるためである。
    • 1255年、アフリカゾウが到着する。
    • 以後、ライオン、ヒョウ、サル、トラ、ダチョウ——歴代の君主が贈られた珍獣が、600年にわたって塔で飼われた。
    • 1835年、動物園は閉鎖され、動物たちはリージェンツ・パークの動物学協会の庭園、つまり今日のロンドン動物園へ移された。ライオン塔はほどなく取り壊され、ライオン門だけが残っている。

    つまりロンドン塔は、ホッキョクグマに川で魚を獲らせるという決定を国王の命令として文書に残した組織である。何を飼い、誰から贈られ、何を食べさせ、いくらかかったか——600年ぶんの帳簿がある。

    その台帳に、ワタリガラスは一行も出てこない。

    これは「たまたま記録が失われた」で片づく話ではない。飼育していれば費用が発生し、費用が発生すれば帳簿に載る。塔が「国王の勅命で守られてきた鳥」と説明しているものについて、その塔自身の会計記録に600年間まったく痕跡が無い。歴史学でいう**沈黙の証拠(argumentum e silentio)**は、ふつう弱い論拠とされるが、この場合は事情が違う。記録が存在するはずの場所に、狙って穴が開いているからである。

    1883年——ゴシック怪談の小道具として

    そして「ダンレイヴン伯爵」という駄洒落

    では、カラスはいつ塔に現れたのか。サックスが突き止めた最初期の図像は、2点とも1883年のものである。

    1. 『ピクトリアル・ワールド』紙のロンドン塔特集号に載った挿絵(オコナーによる。ギルドホール図書館所蔵)。タワー・グリーンのあたりに、一羽のカラスが描き込まれている。
    2. 同じ1883年の**児童書『ロンドン・タウン』**の挿絵。ビーフィーターと、2羽の尊大な顔つきのカラスが描かれている。

    文章としての最初期の言及は、パーネルによれば1895年、王立動物虐待防止協会(RSPCA)の機関誌『アニマル・ワールド』の記事である。ジェニーという名のカラスが紹介され、そこにはこう書かれていた——これらの鳥は塔への**「私的な贈り物」**(a private gift to the Tower)である、と。

    これが決定的である。1895年の時点で、塔にいる人間たち自身が、カラスを「誰かからの個人的な贈り物」と説明していた。国王の勅命だとは、誰も言っていない。

    なぜ1880年代だったのか

    19世紀後半のロンドン塔は、要塞でも監獄でもなく、大衆観光地になりつつあった。鉄道が国内観光を生み、塔は入場者を捌く施設へと変わっていく。そして観光客が最も見たがったのは、処刑だった。タワー・グリーンの「処刑場跡」が整備され、アン・ブーリンやキャサリン・ハワードの物語が売り物になる。

    そこに黒い大型のカラスがいたら、どうなるか。絵になる。

    サックスの表現を借りれば、カラスは処刑場とされる場所を劇的に見せるために持ち込まれた。恐怖と死のイメージを担う舞台装置——ゴシック怪談の小道具である。エドガー・アラン・ポーの『大鴉』(1845年)がヴィクトリア朝の英語圏で絶大な人気を誇っていたことも、無関係ではないだろう(いま塔にいるカラスの一羽は、実際にポーという名である)。

    ダンレイヴン伯爵の駄洒落

    では、その鳥を誰が持ち込んだのか。手がかりは、塔の少将だったジョージ・ヤングハズバンドの著書『内側から見た塔』(The Tower from Within, 1918年)にある。捕獲されたカラスが塔に持ち込まれた経緯に触れた、ごく早い時期の記述で、そこには第4代ダンレイヴン伯爵(1841–1926年)が提供したと書かれている。

    ダンレイヴン伯爵は考古学と好古趣味に傾倒した人物で、ケルトのカラス神話に強い関心を持ち、自家の紋章にカラスを加えていた。

    そして、その爵位の名を、もう一度見てほしい。

    Dun-raven.

    つまりこれは、駄洒落の贈り物だった可能性が高い。「ダンレイヴン卿がレイヴン(ワタリガラス)を贈る」という、ヴィクトリア朝の貴族が好みそうな言葉遊びである。国家の存亡を担う神聖な守護鳥は、洒落として塔にやってきたのかもしれない。

    予言が文書に現れるのは1944年7月である

    そして塔の記録には「もう一羽もいない」と書かれていた

    ここまでで分かるのは、鳥がいたことである。鳥がいることと、「その鳥が消えると国が滅びる」という予言があることは、別の話だ。

    予言のほうは、さらに新しい。

    • 1943年の新聞には、塔でカラスが世話されているという記事がある。だが予言への言及はない。
    • サックスによれば、予言の最も古い痕跡は1944年7月、工務省(Ministry of Works)の内部文書に現れる。
    • 1946年1月、戦争で閉ざされていたロンドン塔が一般公開を再開する。このとき、カラスは**「イギリスが生き延びた証」**として観光客の前に押し出された。

    つまりこの予言は、チャールズ2世の宮廷ではなく、第二次大戦末期のイギリスで生まれている。爆撃で焼かれ、それでも侵略されなかった国が、自分の無事を説明する物語を必要としていた時期だ。「あの黒い鳥たちが去らなかったから、我々は倒れなかった」——空襲を耐え抜いた直後の国民に、これほど都合のいい話はない。

    よく語られる「大戦中にカラスは1羽まで減り、チャーチルが6羽に戻すよう命じた」という挿話も、裏づけが見つかっていない。同じ戦時下をめぐっては、チャーチルがフィッシュ&チップスを「グッド・カンパニオンズ(良き伴侶)」と呼んだという話も広く流布しているが、あちらも一次典拠を示せた者がいない。劇的な逸話ほど典拠が無いというのは、この時代の語られ方の癖である。

    そしてパーネルの調査には、この物語をきれいに突き崩す一行がある。彼は塔の記録の中に、カラスについての淡々とした記述を見つけた。

    「もう一羽もいない」(there are none left)

    予言がすでに語られていた時期に、塔のカラスはゼロになっていた。

    王国は滅びなかった。塔も崩れなかった。君主制も存続した。予言はすでに一度、明確に反証されているのである。それでも伝統は続いた——というより、その事実が記録の中に埋もれたまま、伝統のほうだけが育っていった。

    なぜカラスだったのか——ブラン王の首

    本物の古い伝説は、鳥ではなく生首の話だった

    ロンドン塔のワタリガラス「ブランウェン」(2024年8月撮影。ウィキメディア・コモンズ上の表記は Branwyn)。マビノギオンでブラン王の妹の名である。創られた伝統のほうが、借りてきた古い神話に敬意を表して命名した形になっている。
    ロンドン塔のワタリガラス「ブランウェン」(2024年8月撮影。ウィキメディア・コモンズ上の表記は Branwyn)。マビノギオンでブラン王の妹の名である。創られた伝統のほうが、借りてきた古い神話に敬意を表して命名した形になっている。

    ここで当然の疑問が出る。なぜハトでもフクロウでもなく、カラスだったのか。

    ヴィクトリア朝の人々が思いつきで黒い鳥を選んだわけではない。借りてくるべき古い物語が、ちゃんとあったからである。ただしそれは、鳥の話ではなかった。

    『マビノギオン』の第二の枝、「スィールの娘ブランウェン」に、ブリテンの王ブラン・ヴェンディガイド(Bendigeidfran、「祝福されしブラン」)が出てくる。12世紀に文字化され、現存最古の写本は14世紀のものだ。

    アイルランドとの戦で毒槍に倒れたブランは、死ぬ前に部下たちにこう命じる——自分の首を切り落として持ち帰れ。切られた首はそれから何年も語り続け、一行を導き、やがてロンドンの**ホワイト・ヒル(白い丘)**に埋められる。

    顔をフランスのほうへ向けて。

    侵略を防ぐための護符としてである。そしてこのホワイト・ヒルは、一般にロンドン塔の建つタワー・ヒルと同一視されてきた。

    さらに——ウェールズ語で Brân は「カラス」を意味する。ブラン王とは、つまり「カラス王」である。

    最古の版は、護符を否定する話だった

    ところが、この伝説には続きがある。14世紀の『ヘルゲストの赤い本』に収められた**ウェールズ三題詩(トリオイズ)**の一つ、「三つの不幸な暴露」がそれだ。

    「そしてアーサーは、祝福されしブランの首をホワイト・ヒルから暴き出した。この島が誰か他人の力によって守られるのは正しくないと、彼には思えたからである」

    アーサー王は護符を掘り返した。ブリテンは呪物ではなく、自らの武勇によって守られるべきだという理屈である。だからこそこれは「不幸な暴露」の一つに数えられている——傲慢がもたらした災いとして。

    ここに、この記事でいちばん皮肉な事実がある。

    ロンドン塔が借りてきた「古い伝説」は、その最古の版において、まさにこの種の護符信仰を否定する話だった。 アーサーは首を掘り出した。塔はいま、8羽を飼っている。

    そしてもう一つ。塔はカラスの一羽に「ブランウェン」という名を付けている。マビノギオンでブラン王の妹の名である。創られた伝統のほうが、自分が借りてきた神話に敬意を表して命名しているわけで、こうなるともう、どちらが本体か分からない。

    反証できないように設計された伝統

    「6羽を下回らせたことがないから、分かりません」

    現在のロンドン塔のカラスたちは、驚くほど手厚く扱われている。

    • 必要数は6羽。実際には予備を含め、2025年5月時点で8羽が飼われている(ハリス、ジュビリー、ポピー、エドガー、ジョージー、ブランウェンなどに、2025年5月加入のヘンリーとポーが加わった)。
    • 食事は生肉——レバー、仔羊の心臓、牛や豚の切り落とし。殻ごとのゆで卵、血に浸したビスケット。粗飼料としてウサギの毛皮つきの部位を混ぜることもある。
    • 飛び去らないよう、片翼の風切羽だけを切る。両翼だと本当に飛べてしまうので、あえて片側だけにして短距離の移動はできるようにしてある。2011年から2024年までレイヴンマスターを務めたクリストファー・スカイフは、この切除量を3分の1減らした。
    • カラスは兵士と同じように「入隊」の扱いを受け、警察官や軍人と同様の**認定証(attestation card)**が発行される。

    入隊するということは、除隊もある。1975年に入隊したジョージは、テレビのアンテナを襲って壊す癖が直らず、1986年9月13日、正式な文書によって塔を追われた。理由の記載はこうである。

    「素行不良につき、これ以上の勤務を要さず」(Conduct unsatisfactory, service therefore no longer required)

    ジョージはウェールズ山岳動物園へ送られた。ちなみに21年勤めたグロッグは、1981年に塔を出て近所のパブへ移った。塔で最も長生きしたのはジム・クロウで、44歳まで生きている。2021年1月には、「塔のカラスの女王」と呼ばれたマーリナが姿を消し、死亡と推定された。1月31日、運営団体ヒストリック・ロイヤル・パレスは「現在7羽——必要な6羽より1羽多いので、当面補充の予定はありません」と発表している。

    「6羽を下回らせたことがないので、分かりません」

    レイヴンマスターという役職名は、じつは公式には50年ほどの歴史しかない。2024年3月1日、元英国海兵隊士官のバーニー・チャンドラーが第6代として着任した。彼は予言についてこう語っている。

    「それが本当かどうかは、我々には分かりません。6羽を下回らせたことが一度もないからです。そして私がここにいるかぎり、下回らせるつもりはありません」

    これは、この伝統の性格を完璧に言い当てている。予言は、検証されないように運用されている。 反証が起きない条件を組織的に維持することで、命題は永久に真でも偽でもない状態に置かれる。パーネルが記録の中に見つけた「もう一羽もいない」という一行だけが、その運用の外側にはみ出した事故だった。

    それでも、これは本物の伝統である

    エリック・ホブズボームとテレンス・レンジャーは1983年、『創られた伝統』(The Invention of Tradition, ケンブリッジ大学出版)で、古そうに見える伝統の多くが実は近代の産物であることを示した。スコットランドの氏族タータンも、英国王室の儀礼の多くも、19世紀以降に整えられたものだという議論である。ロンドン塔のカラスは、その教科書的な一例といっていい。

    ただし——「創られた」は「偽物」ではない。

    1883年に持ち込まれ、1944年に予言を与えられた鳥たちは、それから140年ぶん、本当に塔にいた。世話をする専任の役職があり、名前があり、除隊の記録があり、死ぬと新聞が書く。世界中の人がその姿を見るために列に並ぶ。それはもう、機能している伝統である。

    嘘なのは、鳥ではなく、年号のほうだけなのだ。

    次にロンドン塔へ行くことがあったら、あの黒い鳥をよく見てほしい。あれはチャールズ2世が守らせた王国の護符ではなく、ヴィクトリア朝の観光業が処刑場を演出するために連れてきて、空襲を耐えた国が意味を与え、いまも毎日レバーを食べている鳥である。そう思って眺めたほうが、たぶん、ずっと面白い。

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