ロンドン動物園London Zoo
700種以上の動物に出会える世界最古級の科学動物園
- 料金
- 大人 £30.50〜 / 子ども £21.35〜
- 所要時間
- 3〜4時間
- 最寄駅
- Camden Town 徒歩15分
- 開館時間
- 10:00〜17:00 (時期により16:00・15:00、最終入場は閉園1時間前)
料金・開館時間は変更されることがあります。訪問前に 公式サイト で最新情報をご確認ください。
1847年に一般公開されたロンドン動物園は、世界で最も歴史ある科学動物園の一つ。ペンギンビーチ、ライオンの王国、ゴリラ・キングダム、蝶の楽園など、700種以上の動物と出会える人気スポット。動物の行動や保全に関する教育プログラムも充実し、ロンドン中心部とは思えない自然体験ができる。
このページの内容
着いてからの歩き方
ロンドン動物園に着いたら、この順に見ていくと迷いません。
- コツ
2026年は創立200年
1828年開園、世界最古の「科学的」動物園です。見世物ではなく研究のために作られた最初の動物園で、2026年はその200周年にあたり記念の催しが組まれています。大人£31〜33前後、オンラインの事前購入で安くなります。
- 見どころ
ペンギン・ビーチ
英国最大のペンギン用プールで、水量45万リットル。南米の海岸線を模した形で、フンボルトペンギンが泳ぎ回ります。水中がガラス越しに見えるので、陸上のよちよち歩きしか知らない人ほど驚きます。給餌の時間は掲示を確認してください。
- 見どころ
ランド・オブ・ザ・ライオンズ
インド・グジャラート州の村を再現した区画で、廃屋や列車の車両の隙間からアジアライオンを見る構成になっています。柵越しに眺めるのではなく、人間の生活圏に動物がいる形を再現した展示です。
- 見落としやすい
ペンギン・プール(旧)
1934年築、白いコンクリートの螺旋スロープが交差する曲線的なプール。ベルトルト・ルベトキン設計で、英国モダニズム建築の象徴としてグレードI指定を受けています。ただし70年使った末、硬いコンクリートがペンギンの足に炎症(趾瘤症)を起こすと分かり、2004年に使用中止。建築として価値が高すぎて壊せず、いまは水景として空のまま残っています。ルベトキンの娘自身が「爆破してしまえ」と言った、という後日談つきです。
- コツ
リージェンツ・パークの中
動物園はリージェンツ・パークの北端にあります。カムデン・タウンから運河沿いに歩いて15分ほどで、公園とセットで半日の行程になります。丸1日いても回りきれる広さではないので、見たい動物を決めてから入ってください。
見世物ではなく研究のために作られた
1828年開園。ロンドン動物学会が動物を科学的に研究するために設けた施設で、世界最初の「科学的動物園」とされる。設立の中心にいたのはシンガポール建設で知られるスタンフォード・ラッフルズである。
当時、動物を見せる場所といえば見世物小屋か王侯の私設の獣苑だった。ここが違ったのは目的である。開園当初は学会の会員と、会員の紹介状を持つ者しか入れなかった。娯楽施設ではなく、研究者のための飼育・観察施設として始まっている。
方針が変わったのは1847年。運営資金が続かず、一般に開放された。皮肉なことに、研究のために作られた施設は、入場料を取ることで研究を続けられるようになった。
英語の zoo という単語は、ここから生まれた
一般公開が始まったころ、この施設は正式には動物学庭園(Zoological Gardens)と呼ばれていた。長すぎる。人々はこれを縮めて「ズー」(zoo)と呼び始めた。
定着を後押ししたのはミュージック・ホールの流行歌だったとされる。歌の文句として口ずさまれるうちに略称が広まり、やがて動物園一般を指す普通名詞として英語に定着した。つまり zoo という単語は、この施設の愛称が語源である。クリンク(牢獄)が「ムショ」になったのと同じ経路をたどった言葉だ。
建築でも記録がある。1930年代、ロシア出身の建築家ベルトルト・リュベトキンが設計したペンギン・プール(1934年)は、絡み合う2本の螺旋スロープを持つコンクリート建築で、英国モダニズムの代表作とされる。園内には13件の指定建造物があり、動物園としては世界的にも例のない数である。
豆知識
- ペンギン・プールにペンギンはもういない。コンクリートの斜面で足に擦り傷ができ、バンブルフットと呼ばれる細菌感染を起こしたため、2004年に別の展示場へ移された。水深も浅すぎ、日陰もなかった。建築史に残る名作が、動物の住まいとしては失敗だったことになる
- そのプールは最高等級のグレードI指定を受けており壊せない。設計者リュベトキンの娘自身が「爆破してしまえ」と発言して議論になった
- リージェンツ・パークの北端にあり、園内をリージェンツ運河が横切っている
- 『パディントン』をはじめ、映画やドラマの撮影地としてたびたび使われている
場所とアクセス
ロンドン動物園が出てくるコラム
このスポットにまつわる歴史や逸話を、1本ずつ掘り下げた読み物です。

ジャンボジェットの「ジャンボ」はロンドン動物園の象だった——1882年、2000ポンドで売られて国中が泣いた
「ジャンボ」はもともと「大きい」という意味の言葉ではなかった。1865年にパリから痩せ細ってロンドン動物園に来た子象が、17年かけて英国一の人気者になり、1882年にアメリカの興行師へ2000ポンドで売られた。子どもたちは嘆き、会員は裁判を起こし、新聞は「10万ポンドなら手放すか」と電報を打った。一頭の象の名前が、世界中で「巨大」を意味するようになるまでの話。
1935年、ペンギン・ブックスは駅の売店から生まれた——6ペンスの本を書店は拒み、オーウェルは「潰すべきだ」と書いた
1935年7月30日、たばこ1箱と同じ6ペンスの本が10点まとめて売り出された。書店の多くは置くことを拒み、同業者は「必ず潰れる」と見て版権を安く手放した。翌春にはジョージ・オーウェルが「他の出版社に良識があるなら、結託してこれを潰すべきだ」と書いている。それでも10か月で100万冊が刷られた。世界の読書のかたちを変えたペンギン・ブックスが、どうやって最初の冬を越したのかを追う。

くまのプーさんのモデルはロンドン動物園のクマだった——1914年、カナダ軍の獣医が駅で20ドルで買った子グマ
1914年8月、第一次世界大戦へ向かうカナダ軍の獣医ハリー・コールボーンは、オンタリオ州の小さな駅で猟師から子グマを20ドルで買い、自分の町の名をとって「ウィニペグ」と名付けた。大西洋を渡ったこのクマは戦場へは連れて行けず、ロンドン動物園に預けられる。10年後、その檻に一人の少年が駆け込んだ。名前はクリストファー・ロビン。刊行から100年を迎えた『クマのプーさん』の「ウィニー」がどこから来たのか、そしてその由来がなぜ半世紀のあいだ忘れられていたのかを、獣医の従軍日記と動物園の記録から辿る。
みんなの口コミ
ロンドン動物園を訪れた感想や、これから行く人に役立つコツがあれば教えてください。