ロンドン市民の56%が、カーン市長は2028年に出馬すべきでないと答えました。ただしこの調査の本当の見どころは56%ではありません。2024年に本人へ投票した人の31%が、同じことを言っている点です。
2026年8月のYouGov調査
YOUGOV: Most Londoners Don't Want Khan to Stand for Fourth Term が伝えた数字は、現職に対するものとしてなかなか容赦がありません。2026年8月時点の結果です。
| 設問 | 結果 |
|---|---|
| 2028年は出馬せず、労働党は別の候補を立てるべき | 56% |
| 2016年の就任以降、ロンドンは住みにくくなった | 55% |
| 手の届く住宅の状況は悪化した | 76% |
| 住宅の状況は改善した | 5% |
| この10年の仕事ぶりは悪かった | 47%(良かったは40%) |
そして、この調査でいちばん効いている一行。2024年にカーン氏へ投票した人のうち31%が、もう退くべきだと答えています。
カーン氏は2024年に大勝しており、4期目に出るかは2026年8月時点で正式表明していません。ただ同年2月、出馬に前向きな姿勢を示したと報じられています。
ここからは私見です
世論調査の数字は、たいてい退屈です。40対35で「拮抗」、52対48で「割れた」。イギリス人は物事をはっきりさせないことにかけて世界選手権級ですから、調査結果もだいたい曖昧に着地する。
そこへ76対5が出てきました。
住宅事情が改善したと答えた5%が誰なのか、正直かなり気になります。ロンドンで家を買えた5%、という可能性は否定できません。もしそうなら、この調査はむしろ不動産の含み益に関する調査として非常に精度が高いことになります。
面白いのは、住宅がこの市長の看板政策だったことです。2016年、彼はまさにこれで当選した。10年後、その分野で5%。得意科目で赤点を取ったようなもので、しかも答案には自分で「得意科目」と書いてある。
ただ、この記事で本当に指摘したいのは56%でも76%でもありません。31%のほうです。
56%が出馬に反対、というのは実はそれほど衝撃的な数字ではない。ロンドンの有権者の半分強は最初から労働党に入れていないので、彼らが「辞めろ」と言うのは、朝起きたら太陽が出ていた程度の情報量しかありません。反対派が反対しているのはニュースではない。
意味があるのは、2年前に自分の名前を書いた人間の3割が、もう名前を書きたくないと言っていることです。これは政策への不満とは種類が違います。不満なら「改善してほしい」と答える。「別の人にしてくれ」というのは、改善の見込みそのものを畳んだ状態です。夫婦喧嘩でいえば、文句を言わなくなったほうが深刻、というあの段階に入っている。
それでも本人は4期目に前向きだと報じられている。ここが実にイギリス的で、私はわりと感心しています。有権者が「もう十分です」と丁重に伝えているのに、「まだやれます」と受け取る。この読解力は、イギリスの遠回しな会話文化を長年浴びてきた成果かもしれません。この国では「Interesting」が「くだらない」を意味し、「With respect」が「黙れ」を意味する。その調子でいけば、「56%が出馬に反対」も「頑張ってください」と読める理屈です。
公平のために書いておくと、彼が何もしなかったわけではありません。運賃は据え置かれ、ホッパー運賃は素直に便利で、ナイト・チューブは街の営業時間を延ばしました。深夜2時にヴィクトリア線が動いている恩恵は、終電に人生を支配されてきた日本人ほど強く感じるはずです。ただし運賃据え置きの請求書は、コロナ禍のTfLの財政危機と中央政府の救済という形で、きっちり後から届きました。払わなかったのではなく、あとで払っただけです。
もう一つ、この調査を「カーン市長個人の不人気」として片付けると読み違えます。ロンドン市長という職には、批判に見合うだけの権限が最初からあまりない。住宅供給の多くは各区が握り、警察予算は中央政府が握り、家賃を決めているのは市場です。市長にできることは相当に限られている。
つまりこの56%は、「ロンドンをどうにかしてくれる人がいるはずだ」という期待が、そもそも存在しない権限に向けられてきた結果でもあります。誰が次に座っても、たぶん似た数字を出します。問題は運転手ではなくハンドルが繋がっていないことだ、という可能性を、有権者はまだ検討していない。
それでも、と思うのです。得意科目で76対5を出した人が、同じ科目でもう一度受験を申し込むのは、勇気なのか、それとも別の何かなのか。少なくとも、その判断を本人に委ねるという制度設計は、そろそろ限界かもしれません。
英国のいまを、もう一本。
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