pardon
「Pardon?」は謝ってない。むしろ免罪符を売りつけている
聞き返すときの上品な一語、のはずが、イギリスでは階級判定装置として現役稼働中。しかも語源をたどると、そもそも謝罪ですらなかった。正解は拍子抜けするほど地味な一語です。
「聞き返すときはPardon?と言いなさい、What?は失礼です」。中学でそう習った人、たぶん多いと思う。私も習った。そして15年ロンドンで暮らしてわかったのは、その「上品な方」を選んだ瞬間に眉が動く人がいる、という理不尽な事実だった。丁寧にしようとして減点される。そんな言語があるか。ある。
免罪符の売り文句が、聞き返しに落ちぶれるまで
語源をたどると謝罪ですらなかった
pardon の語源が地味に面白い。ラテン語の per(徹底的に)+ donare(与える) で、もとの意味は「まるごとくれてやる」。それが中世ラテン語 perdonum、古フランス語 pardoner を経て英語に入ってくる。
で、1300年ごろの英語で pardon が何を指していたかというと、教会が発行する免罪符のこと。罪をチャラにする、あのビジネスである。そこから「罪の赦し」→「刑の免除」と広がり、1540年代にようやく「ちょっとした失礼を大目に見る」という軽い意味が生える。
つまり時系列はこうなる。
- 1300年ごろ — 免罪符。教会の重量級ワード
- 1400年代後半 — 国家による恩赦
- 1540年代 — 「まあまあ、いいですよ」程度の軽い許し
- 1764年 — ようやく Pardon me が謝罪の定型句として記録に出てくる
聞き返しに使いだしたのは、さらにその後。教皇の免罪符から「え、なんて?」まで500年かけて転落したわけで、単語にも栄枯盛衰がある。
ちなみに Pardon? が聞き返しとして成立する理屈は「お赦しを(=聞き取れなかった無礼を)」の省略形。謝ってるようで、実は自分に恩赦を出している。厚かましい。
そして現代、Pardonは階級センサーを鳴らす
正解は Sorry? という、身も蓋もない結論
人類学者 Kate Fox は『Watching the English』で、階級が一発でバレる単語を七つ挙げた。pardon, toilet, serviette, dinner(昼食の意味で), settee, lounge, sweet。この筆頭が pardon である。上流は Pardon? ではなく What? と言う、という逆転現象が起きている。
ルーツは1954年、言語学者 Alan S. C. Ross が提唱した U(upper-class)と non-U という分類。これを作家 Nancy Mitford がエッセイで面白がって広め、1956年の『Noblesse Oblige』で全国的な話題になった。napkin(U)とserviette(non-U)、lavatory(U)とtoilet(non-U)、pudding(U)とsweet(non-U)。並べてみると法則が見えてくる。
フランス語由来の、洗練されて聞こえる方が負け。
これ、要するに「背伸びが透けると減点」という遊びでしかない。ハイブランドのロゴが大きいほど格が下がる、みたいな話と同じ構造だと思う。上品な言葉を選べば上に見られるはず、という発想そのものが、いちばん中流的だと看破されている。70年前の分類なので radio や teacher あたりはとっくに死語判定だが、pardon だけは妙に生き残っているのが不気味なところ。
で、旅行者はどうすればいいのか。答えは Sorry? です。語尾を上げるだけ。聞き取れなかったときも、人にぶつかったときも、店員を呼ぶときも全部これで回る。500年かけて免罪符から落ちてきた単語を警戒するより、Sorry を一日30回言う方がよほどロンドンに馴染む。