街で見つけるバンクシー
ロンドンの美術館は、世界中から集めた作品を無料で見せてくれます。 バンクシーの作品は、その逆です。誰の許可も得ずに街の壁に現れ、 持ち主が消すか、誰かが切り取って持ち去るまでそこにある。 チケット売り場も、閉館時間もありません。
そのぶん、確実に見られるとは限りません。このページでは14点それぞれについて、 今も現地にあるのか、保護されているのか、 すでに失われたのかを明記しました。無駄足を踏まないために使ってください。
- 掲載作品
- 14点
- 現地で見られる
- 12点
- 保護板あり
- 9点
掲載14点のうち1点は、 すでに現地から失われています。記録として残していますが、 その場所へ行っても作品は見られません。 各作品のバッジで現況を確認してください。
バンクシーとは
バンクシーは、正体を明かさないまま活動を続けているイギリスのストリートアーティストです。1990年代のブリストルで壁に描き始め、そこからロンドンへ、 さらに世界へ広がりました。本名も顔も公表されていません。 展覧会の内覧会に本人が現れることもなければ、 インタビューに顔を出すこともない。 それでいて、作品は数十万ポンドで取引されます。
匿名なのは神秘性の演出ではなく、実務的な理由もあります。 許可なく他人の壁に描く行為は、イギリスでは器物損壊にあたります。 名乗り出れば訴えられる立場のまま、 30年近く描き続けているアーティスト、というのが実像に近いです。
数十秒で描き切るステンシル
切り抜いた型紙にスプレーを吹き付ける手法です。筆で描くより圧倒的に速く、人目につく路上でも短時間で仕上げられます。輪郭がくっきりした独特の絵柄は、この「捕まる前に描き終える」という必要から生まれたものです。
皮肉をひとつだけ仕込む
作品はたいてい一目で意味がわかります。ロイヤル・ファミリーの肖像、風船を持つ少女、警備犬。そこに要素をひとつだけずらして入れ、見た人に引っかかりを残す。長い説明文を必要としないのが、街なかの作品として強い理由です。
ネズミという分身
初期から繰り返し登場するモチーフです。街の隅に住み、誰にも歓迎されず、それでも消えない。作者自身の立ち位置と重なります。ロンドンにも「ロボが好き」ネズミやトンブリッジ・ストリートのネズミが残っています。
場所ごと作品にする
壁の汚れ、消火栓、道路の黄色いライン。もとからそこにあるものを絵の一部として使います。ベスナル・グリーンの「黄色いラインの花を描く画家」はその代表で、道路標示がそのまま茎になっています。だから移設すると価値が変わってしまいます。
なぜロンドンで見る価値があるのか
バンクシーの作品は、美術館に収まることを前提に作られていません。 誰が持ち主かも、いつまで残るかも決まっていない壁の上にあります。 2024年8月には、9日間で9点の動物シリーズがロンドン各所に次々と現れました。 サイ、ゾウ、ペリカン、アイベックス。 発表は本人のInstagramだけ。市民が探し回り、報道が追いかけ、 数日で保護板が設置されたものもあれば、壁ごと切り取られて消えたものもあります。
つまりロンドンで見られるバンクシーは、 完成された展示ではなく、まだ決着のついていない出来事です。 通勤路の途中や住宅街の角に、案内板も柵もなく置かれている。 それを自分の足で見つけに行けるところが、この街ならではの面白さです。
地図で見る
現地にある13点を表示しています。 西のキューから南東のチャールトンまで25km以上に散らばっているので、 1日で回りきることは考えないほうがいいです。
イーストエンドの3点
ショーディッチ〜ベスナル・グリーン。作品密度が最も高く、歩いて回れます。
Guard Dog
ガード・ドッグ
中庭が開いていないと見られません
2003年、ショーディッチのナイトクラブ「Cargo」の中庭に描かれた初期の代表作です。「指定されたグラフィティエリア」を警官がプードルを連れて巡回しているという構図で、取り締まる側と、飼い慣らされた滑稽さを重ねています。同じ中庭には「His Master's Voice」も並んでおり、2点まとめて見られるのがこの場所の価値です。両作品ともペルスペックスで保護され、状態は良好に保たれてきました。ただしCargoは閉業しており、中庭に入れるかどうかは現在その場所を使っている店の営業状況次第です。夜のクラブの営業時間に合わせて行く、という以前の前提はもう通用しないので、訪問前に現地の状況を確認してください。なお同じリヴィントン・ストリートのart'otel London Hoxtonにも、保存された作品が2点あります。
83 Rivington St, London EC2A 3AY
地図で見るPink Car
ピンクの車
骸骨のステンシルは失われ、車体だけが残ります
ブリック・レーン近く、トゥルーマン・ブルワリー跡地に置かれた古いトライアンフGT6を、バンクシーがピンクに塗ったインスタレーションです。当初は運転席の窓に死神(グリム・リーパー)のステンシルが描かれており、それこそがバンクシーの手による部分でした。ただしこの死神は2007年から2008年頃には失われており、現在残っているのはピンクの車体そのものだけです。透明のケースに収められた状態で今も現地にありますが、経年で相当に傷んでおり、作品というより遺構に近い見え方をします。それでも、ストリートアートを保存しようとすると何が残り何が消えるのか、という問いがそのまま形になっている点で、見に行く価値のある場所ではあります。
6 Dray Walk, London E1 6NJ
地図で見るYellow Lines Flower Painter
黄色いラインの花を描く画家
画家の人物像は失われ、花の一部だけが残ります
ベスナル・グリーン・ワーキング・メンズ・クラブの壁に2007年に描かれた作品です。道路の二重黄線が歩道を越えて壁を這い上がり、途中から大輪の黄色い花に変わる。その脇に、ペンキ缶に腰掛けてローラーを持つ作業員が描かれていました。規制を引く行為が、そのまま花を描く行為になっているという構図です。2019年、この作品は壁から切り出されました。クラブの当時の担当者が2万ポンドで元従業員に売却し、修復業者の手で取り外され、アメリカ・コロラド州へ渡っています。保険評価額は75万ドル前後と報じられました。クラブの理事会はこれを不正な売却として提訴し、2025年6月時点で高等法院での審理に向かっていますが、結論はまだ出ていません。現地の壁には花の一部が残っているものの、作業員の姿は失われ、周囲は他の落書きに覆われています。完全な形での鑑賞はできません。
42-46 Pollard Row, London E2 6NB
地図で見るシティ・バービカンの3点
バスキア壁画の2点が並ぶ一角。地下鉄バービカン駅から数分です。
Basquiat Tribute Mural 1
バスキア・トリビュート壁画 1
保護板の下で良好に保存されています
2017年9月、バービカンでのバスキア大回顧展『Basquiat: Boom for Real』の開幕に合わせて描かれた2点のうちの1点です。バスキアの1982年の作品『Boy and Dog in a Johnnypump』に登場する王冠のモチーフを、観覧車のチケット売り場として描き直しています。美術館が過去の路上画家を殿堂に迎え入れる、その瞬間に路上の側から描き足すという位置取りが効いた作品です。バービカン側は2点を恒久的に保存する方針を取り、いずれもペルスペックスで覆われ、他者のタグが付いた場合は除去されています。ゴールデン・レーンとビーチ・ストリートの角、バービカンの駐車場に近いビーチ・ストリートのトンネル付近にあり、2点は隣り合っているので一度に見られます。
Golden Ln, Barbican, London EC2Y 8HD
地図で見るBasquiat Tribute Mural 2
バスキア・トリビュート壁画 2
保護板の下で良好に保存されています
同じく2017年9月、バスキア展に合わせて描かれたもう1点です。『Boy and Dog in a Johnnypump』の少年が、2人の警官に身体検査を受けている場面が描かれています。黒人の画家を称える大回顧展が開かれるその建物の外壁で、黒人の少年が職務質問を受けている。祝祭と現実を同じ壁の上で衝突させた構図で、バンクシーがバスキアに捧げた敬意の内容がここにはっきり出ています。1点目と並んで設置されており、こちらも保護板の下で良好に保たれています。
Golden Ln, Barbican, London EC2Y 8HD
地図で見る'I Love Robbo' Rat
「ロボが好き」ネズミ
保護シート越しに見られます
プラカードを掲げたネズミが、ストリートアーティストKing Robboの名を掲げています。バンクシーとRobboは、カムデンのリージェンツ運河沿いで互いの作品を上塗りし合う応酬を長く続けた関係で、この作品はその文脈を知っていて初めて意味が立ち上がります。敬意なのか皮肉なのかは意図的に決着がついておらず、そこが読みどころです。保護用の透明シートの下にありますが、Robboのタグ部分は黒く消され、周囲にはステッカーが貼られ続けており、作品の状態は今も動いています。
38-42 Chiswell St, London EC1Y 4SB
地図で見るノース・ロンドンの3点
ハックニーとイズリントン。2点の距離が離れているので地下鉄かバスで。

Tonbridge Street Rat
トンブリッジ・ストリートのネズミ
現況の裏が取れていません。訪問前に確認を
キングス・クロスのトンブリッジ・ストリートに残るとされるネズミです。ネズミはバンクシーが2000年代初頭から繰り返し描いてきたモチーフで、都市の片隅で見過ごされる存在に自分自身を重ねた自画像とも読まれています。ステンシルで素早く描かれ、気づかれないまま増えていく点も含めてバンクシーらしい主題です。ただし、この作品については近年の状態を確認できる情報が見つかりませんでした。存在自体は複数のガイドが記録していますが、今も壁に残っているかは未確認です。なお、同じキングス・クロス地区には別のプラカード・ネズミがアーガイル・ストリートの建物(現在はホテル)にもあり、こちらとは別作品なので混同しないでください。
36 Tonbridge Street, London WC1H 9DW
地図で見るThe Royal Family
ロイヤル・ファミリー
黒い塗料に囲まれつつ、中央部分が残っています
2001年に描かれた初期作で、バルコニーから手を振る王室一家を風刺的に描いています。2003年にはBlurのシングル『Crazy Beat』のジャケットに使われ、広く知られるようになりました。2009年、ハックニー区の職員がこの壁を黒く塗り潰し始めましたが、地元住民が抗議して作業が止まり、結果として黒く塗られた壁の中央に一家だけが島のように残る、という奇妙な状態になりました。行政が消そうとした跡がそのまま作品の一部として見える点で、かえって現在のほうが雄弁だとも言えます。風雨でかなり色褪せていますが、今も判別できる状態でストーク・ニューイントン・チャーチ・ストリートの壁に残っています。
140 Stoke Newington Church St, London N16 0JU
地図で見るTree
ツリー
保護板と柵に覆われ、当初の見え方ではありません
2024年3月、ホーンジー・ロードの集合住宅の壁に現れました。強剪定されて丸裸になった桜の木の背後に、緑の塗料を吹き付けて「失われた葉」を描き足すという視覚的な仕掛けです。壁面には高圧洗浄機を構える人物のステンシルがあり、その人物が緑を吹き付けているように見えます。都市が自然をどう管理し、どう見せかけるかへの皮肉として読まれました。公開直後から人が集まりましたが、数日のうちに白い塗料をかけられ、その後は木枠とペルスペックス、さらに柵で保護されています。保護のための構造物が視界に入るため、写真で見た通りの効果は現地では得にくくなっています。桜自体はその後葉をつけました。
390A Hornsey Rd, London N19 4HT
地図で見る郊外・単独の5点
1点ずつ離れています。近くまで行く用事があるときに寄るのが現実的です。
Blind Patriotism
盲目的な愛国心
2026年4月に出現。柵越しに鑑賞できます
2026年4月29日にウォータールー・プレイスに現れた、バンクシーとしては珍しい立体作品です。スーツ姿の男性像が台座から一歩踏み出そうとしていますが、掲げた旗が風で顔の側に巻き戻り、視界を完全に塞いでいます。旗を掲げる行為そのものが前を見えなくしている、という構図で、題名の「盲目的な愛国心」がそのまま形になっています。ロンドン中心部の記念像が立ち並ぶ一角に、記念像の文法を借りて置かれている点が効いています。ウェストミンスター区は撤去ではなく保存の側に回り、保護柵が設けられた状態で公開されています。現時点でロンドンで見られるバンクシー作品としては最も新しく、状態も良好です。
Waterloo Place, St James's, London SW1Y
地図で見るPelicans
ペリカン
保護板付き。動物シリーズで最も状態が良い1点です
2024年8月の動物シリーズの1点で、ウォルサムストウのフィッシュ・アンド・チップス店「Bonners Fish Bar」の壁に、2羽のペリカンが魚を丸呑みしている姿が描かれています。魚屋の壁で魚を食べる鳥、という単純な冗談ですが、店の商売とそのまま噛み合っているのが可笑しい。地元の反応が早かった作品でもあり、Wood Street Wallsという地域のコレクティブが透明の保護板を設置し、住民が見張りを立てて守りました。結果として動物シリーズの中では最も良い状態で残っています。角地にある店で、壁画自体はプレトリア・アベニュー側を向いているので、ノースコート・ロード側から探すと見つけにくいかもしれません。
144 Northcote Rd, London E17 7EB
地図で見るElephants
ゾウ
落書き被害から修復され、保護コーティング済み
2024年8月の動物シリーズの1点。壁に開いた2つの窓から、2頭のゾウが顔を突き出して互いに鼻を伸ばしています。窓という既存の構造をそのまま目や輪郭に使う、バンクシーが得意とする手口です。ロンドンでも有数の高級住宅地であるチェルシーの壁に現れたことで、街の側の文脈も込みで話題になりました。2024年9月に白いストライプの落書きを受けましたが、その後修復され、区が防落書きコーティングを施しています。エディス・グローブとエディス・テラスの角にあり、2026年時点でも良好な状態で見られます。
Edith Grove, Kensington and Chelsea, London SW10
地図で見るRhino
サイ
壁の絵は残るものの、乗っていた車が撤去されました
2024年8月の動物シリーズの1点で、壁に描かれたサイが乗用車に乗り上がろうとしている構図でした。「乗っていた」のは壁の絵ではなく、その前に実際に置かれていた日産マイクラです。壁の絵と現実の車が組み合わさって初めて成立する作品でしたが、この車は後に撤去されました。グリニッジ王立区は自らが撤去したものではないと表明しています。現在も壁のサイのステンシルは残っていますが、肝心の車が無いため、宙に浮いたような絵として見えます。公開から数時間後には目出し帽の人物にタグを描かれる被害も受けました。作品としての完全な姿は、もう現地では見られません。
83 Westmoor St, London SE7 8NQ
地図で見るIbex
アイベックス
2025年2月に壁ごと撤去されました。現地にはありません
2024年8月、バンクシーが9日間連続で発表した動物シリーズの第1作です。キュー・ブリッジ近くの建物の壁に、崩れかけた柱の上でバランスを取るアイベックス(野生の山羊)が描かれ、周囲には落ちてくる岩が添えられていました。真上には監視カメラが設置されており、危うい足場に立つ動物がカメラに見下ろされている、という構図でした。この作品は2025年2月初頭、建物の改修工事に先立って専門業者の手で壁ごと取り外され、カンブリア州カーライルの修復スタジオへ運ばれました。現地に行っても見ることはできません。動物シリーズの出発点として記録に留める意味で掲載していますが、キュー・グリーンまで足を運ぶ理由にはなりません。
110 Kew Green, Richmond TW9 3AP
見に行く前に知っておくこと
出発前にもう一度確認する
このページの現況は2026年8月時点の調査に基づきます。バンクシー作品は数日で状況が変わることがあり、実際に撤去・盗難・塗り潰しが繰り返されてきました。遠くまで足を運ぶ前に、最新の情報を確認してください。
保護板は写真映えを損なう
残っている作品の多くはペルスペックスの板で覆われています。守るためには必要ですが、光が反射して写真は撮りにくく、フィンズベリー・パークの「ツリー」のように保護構造が視界に入って本来の効果が薄れる例もあります。
住宅の壁であることを忘れない
多くの作品は人が暮らしている建物の外壁にあります。観光地ではないので、案内板も柵もありません。窓を覗かない、私有地に入らない、早朝や夜間は避ける。それだけで十分です。
まとめて回るならイーストエンド
ショーディッチ、ブリック・レーン、ベスナル・グリーンは徒歩圏に複数点があり、バービカンの2点も地下鉄ですぐです。他のエリアの作品は1点ずつ離れているので、近くに行く用事と合わせるのが現実的です。
なぜ作品は消えるのか
バンクシーの作品は、描かれた瞬間からその壁の持ち主の財産になります。ここに、この種のアートの厄介な問題があります。 無許可で描かれたものが、数十万ポンドの価値を持ってしまう。
ベスナル・グリーンの「黄色いラインの花を描く画家」は、 2019年に壁から切り出されてアメリカへ渡りました。売却をめぐって クラブの理事会が提訴し、2025年時点でまだ争いは続いています。 ウッド・グリーンにあった「Slave Labour」も壁ごと外され、 オークションで75万ポンド超で落札されました。
一方で、守られた例もあります。ウォルサムストウの「ペリカン」は、 地域のコレクティブが保護板を設置し、住民が見張りを立てて残しました。 バービカンのバスキア壁画2点は、施設側が恒久保存の方針を取っています。誰かが手間をかけた作品だけが残る、というのが実際のところです。
よくある質問
屋内のアートも見るなら
テート・モダンやナショナル・ギャラリーをはじめ、 ロンドンの主要な美術館は常設展が無料です。 雨の日の逃げ場としても優秀です。