コートールド・ギャラリーThe Courtauld Gallery
英国最古の展覧会場に、英国が買わなかった絵が掛かっている
- 料金
- 大人 £16(寄付込み)/£14 / 子ども 18歳未満は無料
- 所要時間
- 1時間30分〜2時間
- 最寄駅
- Temple 徒歩5分
- 開館時間
- 10:00〜18:00(最終入場17:15)
料金・開館時間は変更されることがあります。訪問前に 公式サイト で最新情報をご確認ください。
サマセット・ハウスの北棟にある美術館。マネ《フォリー=ベルジェールのバー》とゴッホ《包帯をした自画像》を持つ、印象派・ポスト印象派の名品で知られる。実業家サミュエル・コートールドが1920年代、英国の美術館がまだ手を出していなかった時期に集めた作品が中心。展示室のグレート・ルームは、ロイヤル・アカデミーの夏季展のために建てられた英国最古の展覧会場である。
このページの内容
着いてからの歩き方
コートールド・ギャラリーに着いたら、この順に見ていくと迷いません。
- 到着
サマセット・ハウスの中庭を通って、北棟へ
テンプル駅から徒歩5分。入口はサマセット・ハウスの大きな中庭に面した北棟にあります。中庭そのものは無料で入れるので、建物の規模を見てから館内へ入るとよい。毎日開いていて、最終入場は17時15分です。
- 見どころ
グレート・ルームの入口で、上を見る
印象派が掛かっているグレート・ルームは、絵を飾るために建てられた英国最古の部屋です。1780年から1836年まで、ロイヤル・アカデミーの夏季展はここで開かれていました。入口の上にギリシャ語の銘が残っていて、意味は「ムーサに縁なき者、入るべからず」。アカデミーが自分の権威を刻んだ言葉の下に、アカデミーが認めなかった絵が掛かっています。
- 見どころ
マネの鏡が、どうしても合わない
フォリー=ベルジェールのバーの前では、まず女性の顔を正面から見て、それから鏡に映った彼女の後ろ姿を探してください。右へ大きくずれています。しかも鏡の中では山高帽の男と向かい合っているのに、絵の手前には誰もいない。その男が立つべき位置は、あなたが立っている場所です。画家の失敗か仕掛けかは、いまも決着していません。
- 見どころ
ゴッホの包帯が右耳にある理由
包帯をした自画像は、耳を切った直後の1889年1月に描かれています。包帯が巻かれているのは右耳ですが、記録に残る負傷は左耳です。鏡を見て描いたので左右が入れ替わっているだけ。背景に日本の版画が掛けてあるのも見てください。輪郭線と平坦な色面という浮世絵の方法は、この画家の描き方そのものに入り込んでいます。
- コツ
館は小さい。2時間あれば足りる
展示室の数は多くないので、じっくり見ても2時間ほどで一巡します。18歳未満は無料です。見終わったらサマセット・ハウスの中庭に戻るとよい。夏は噴水が上がり、冬はスケートリンクになります。テムズ川沿いのテラスからの眺めも中庭から出られます。
人造絹糸で得た金で、誰も買わない絵を買った
サミュエル・コートールド(1876〜1947)は、繊維会社コートールズを率いた実業家である。同社が財を成したのはレーヨン——木材パルプから作る人造絹糸だった。本物の絹より安く、見た目と手ざわりは絹に近い。20世紀前半の女性の服を変えた素材である。
その金で彼が買ったのが、当時の英国ではまだ評価の定まっていなかったフランス印象派・ポスト印象派の絵だった。1920年代の話である。パリでは既に価値が認められつつあったが、ロンドンの美術館はほとんど手を出していない。英国の美術界は、この一群の絵を50年ちかく無視していた。
コートールドは自分のために買うだけで終わらせなかった。1923年、テート・ギャラリーへ5万ポンドを寄付している。国のために買え、という趣旨の基金だった。このコートールド基金で23点が購入され、マネ、ルノワール、スーラ、ドガ、ゴッホが英国の国有コレクションに入る。
その絵は1950年代から60年代にかけて、「もう現代美術ではない」という理由でナショナル・ギャラリーへ移された。いまトラファルガー広場で当たり前のように見られる印象派の一部は、この一人の寄付から来ている。
ここは英国でいちばん古い展覧会場である
展示の中心となるグレート・ルームは、絵を掛けるために建てられた部屋としては英国最古のものである。サマセット・ハウスは建築家ウィリアム・チェンバーズの設計で1780年代に完成し、学術団体を収める目的で作られた。その一つがロイヤル・アカデミーだった。
1780年から1836年までの57年間、アカデミーの夏季展はこの部屋で開かれている。当時の展示は壁一面に床から天井まで絵を掛ける方式で、目の高さの列——オン・ザ・ライン——に掛けてもらえるかどうかが画家の死活問題だった。ロンドンの美術界の中心は、比喩ではなく物理的にこの一室にあった。
入口の上には、いまもギリシャ語の銘が残る。ΟΥΔΕΙΣ ΑΜΟΥΣΟΣ ΕΙΣΙΤΩ——「ムーサに縁なき者、入るべからず」。アカデミーが自らの権威を刻んだ言葉である。
その部屋にいま掛かっているのが、アカデミーの美学を壊した側の絵であるのは、なかなかの皮肉だ。印象派は官展に落とされ続けた画家たちの運動だった。2018年9月からコートールド・コネクツと呼ばれる改修に入り、2021年11月に再開している。
マネの鏡は、どう見ても計算が合わない
エドゥアール・マネの《フォリー=ベルジェールのバー》(1882)は、この館でいちばん人が立ち止まる絵である。カウンターに立つ女性の背後は一面の鏡で、劇場の客席が映り込んでいる。
問題はその鏡像だ。正面を向いた女性の後ろ姿が、なぜか右へ大きくずれて映っている。しかも鏡の中の彼女は、山高帽の男性客と向かい合って話している。ところが絵の手前——女性の正面——には誰も立っていない。その男がいるべき位置は、絵を見ている我々の場所である。
これが画家の失敗なのか、意図した仕掛けなのかは、100年以上論じられていまだ決着していない。写真のように正確に描く技術を持っていた画家が、鏡だけを外している。マネはこの絵を描いた翌年に亡くなった。
絵の前に立ったら、まず女性の顔を正面から見て、それから鏡の中の彼女を探すとよい。ずれに気づいた瞬間、絵の居心地が変わる。
ゴッホの包帯が右耳にある理由
フィンセント・ファン・ゴッホの《包帯をした自画像》(1889年1月)も、この館の顔である。前年の暮れにアルルで耳を切った直後、傷がまだ癒えないうちに描かれた。
絵では右耳に包帯が巻かれている。しかし記録に残っているのは左耳の負傷である。矛盾ではない。自画像は鏡を見て描くので左右が入れ替わる。画家は鏡に映った自分をそのまま写しただけである。
背景に日本の版画が掛かっているのも見落とさないほうがいい。ゴッホは浮世絵を集めて模写しており、輪郭線と平坦な色面という浮世絵の方法は、彼の絵の作り方そのものに入り込んでいる。人生でいちばん追い詰められた時期の自画像に、その版画をわざわざ描き込んでいる。
場所とアクセス
みんなの口コミ
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