英国の賃貸契約の種類|Renters' Rights Act 施行後のtenancyとlodgerの違い
UK Tenancy Types After the Renters' Rights Act
2026年5月1日、英国(イングランド)の賃貸制度は根本から変わりました。AST(定期借家)は廃止され、すべての契約が期間の定めのない assured periodic tenancy に自動転換。大家の「無過失立ち退き」であるSection 21も同時に消滅しています。ネット上の日本語情報の大半はまだ改正前を前提にしているため、まずここで現在の地図を確認してください。
要点
- 現在の標準契約
- Assured periodic tenancy(期間の定めなし・自動更新)
- 借主からの解約
- 2ヶ月前に書面で通知すればいつでも可
- 大家からの立ち退き
- 法定事由が必要。標準で4ヶ月前通知
- 適用範囲
- イングランドのみ。スコットランド等は別制度
- 最大の落とし穴
- 大家と同居するlodgerは、これらの保護がほぼ全て対象外
英国で部屋を借りるとき、日本人がまず戸惑うのは「契約」という言葉が指すものが一つではないことです。同じように「月◯◯ポンドで部屋を借りる」と言っても、法律上の立場が3種類に分かれ、それによって追い出されるまでの猶予も、敷金が守られるかどうかも、まったく変わります。
しかも、この地図は2026年5月1日に大きく描き換えられました。Renters' Rights Act 2025(2025年10月27日成立)の第1段階が施行され、それまで英国の民間賃貸の標準だったAST(assured shorthold tenancy)という契約類型そのものが廃止されたのです。
日本語で書かれた英国の家探し情報は、その大半がこの改正前に書かれています。「ASTを結びます」「6ヶ月の縛りがあります」「Section 21で出ていけと言われたら従うしかありません」——こうした記述を見かけたら、それは現在の制度ではありません。
目次
1. 2026年5月1日に何が変わったのか
3つの前提が同時に消えた
改正の中身は多岐にわたりますが、借主の生活実感として大きいのは次の3点です。
| 項目 | 改正前(〜2026年4月30日) | 改正後(2026年5月1日〜) |
|---|---|---|
| 契約の型 | AST。6ヶ月・12ヶ月などの固定期間つき | Assured periodic tenancy。固定期間なし、月ごとに自動継続 |
| 大家からの立ち退き | Section 21で理由なく2ヶ月前通知が可能 | Section 21廃止。法定事由が必要で、標準4ヶ月前通知 |
| 借主からの解約 | 固定期間中は原則不可(break clauseがあれば別) | 2ヶ月前に書面通知すればいつでも可 |
重要なのは、この転換が既存の契約にも自動的に適用されたことです。2026年4月に12ヶ月契約に署名した人も、5月1日時点でその契約は assured periodic tenancy に化けています。「あと10ヶ月の縛りがある」と思い込んで我慢している必要はありません。
借主にとっての実質的な意味
もっとも大きいのは、「合わなかったら出られる」ようになったことです。改正前は、内見15分で決めた部屋が実はカビだらけでも、隣人が深夜まで騒いでも、12ヶ月分の家賃を人質に取られていました。今は2ヶ月前に書面で通知すれば、理由を問われずに出られます。
渡英直後の1軒目は情報がないまま決めざるを得ないので、この変化は日本から来る人にとって特に効きます。1軒目は「お試し」と割り切り、住んでみて土地勘がついてから本命を探すという戦略が、はじめて現実的になりました。
実務メモ
- 解約通知は「家賃支払日以前に」「書面で」出す必要があります。口頭やLINEでの伝達は無効になり得るので、必ずメール(送信控えが残る)か書面で。
- 2ヶ月前通知なので、実際に出たい月の2ヶ月前の家賃支払日までに出すことになります。3月末に出たいなら1月末までに通知。
- 大家が「うちは固定期間12ヶ月です」という契約書を出してきたら、その条項は現在の法律に反しており、法的な拘束力がありません。署名してしまっても同じです。
注意
適用されるのはイングランドだけ
Renters' Rights Act 2025はイングランドの法律です。スコットランドには2017年から独自の Private Residential Tenancy 制度があり(こちらも固定期間なし)、ウェールズは Renting Homes (Wales) Act 2016 で「contract-holder」という別の呼称を使います。エディンバラやカーディフで探す場合は、この記事の内容をそのまま当てはめないでください。
2. tenant と lodger ——ここを間違えると保護がゼロになる
判断基準は「大家が同じ家に住んでいるか」
ここが本記事で最も重要な区別です。フラットシェアを探す日本人の多くが、自分が tenant だと思い込んだまま、実際には lodger として暮らしています。
判定はシンプルです。大家(物件の所有者)が同じ住居に住んでいるかどうか。
- 大家が同居している → あなたは lodger(excluded licence)
- 大家は別の場所に住んでいる → あなたは tenant(assured periodic tenancy)
何が違うのか
| tenant | lodger | |
|---|---|---|
| 根拠法 | Renters' Rights Act 2025以降のassured tenancy | Protection from Eviction Act 1977のexcluded occupier |
| Section 21廃止の恩恵 | あり | なし(もともと適用外) |
| 立ち退き手続き | 法定事由+裁判所の手続きが必要 | Notice to Quit のみ。裁判所を通さず追い出せる |
| 通知期間 | 標準4ヶ月 | 契約次第。実務上は数週間、短ければ「次の家賃支払日まで」 |
| 敷金の保護スキーム | 法的義務あり(未保護なら賠償請求可) | 義務なし |
| 家賃値上げの制限 | 年1回・2ヶ月前通知・審判所に異議申立可 | 制限なし |
つまり lodger は、大家の一存で短期間のうちに退去させられ、敷金も守られていない立場です。「明日から来週までに出て行って」と言われて、法的にそれが通ってしまう世界です。
なぜこの区別が日本人に刺さるのか
日系の掲示板や SpareRoom で見つかる「安くて日本語が通じる部屋」の多くは、大家(あるいは元の借主)が同居している lodger 契約です。家賃が相場より安く、審査も保証人も要らず、日本語で話が進む——その手軽さは、法的保護を全部放棄していることの対価です。
必ずしも避けるべきとは言いません。渡英直後の数ヶ月をしのぐには合理的な選択です。ただし「これは短期のつなぎで、いつ出ろと言われてもおかしくない立場だ」と理解した上で選ぶのと、tenant のつもりで長期の生活基盤を築いてしまうのとでは、結果がまったく違います。
実務メモ
- 募集文に「live-in landlord」「landlord lives in the property」「lodger wanted」とあれば lodger 契約です。SpareRoom には物件ごとに live-in landlord かどうかの表示があります。
- lodger でも大家は Right to Rent チェック(在留資格の確認)を行う義務があります。これを求められること自体は正常なので、身分証の提示要求を怪しむ必要はありません。
- lodger の敷金は保護スキームの対象外なので、返還は完全に交渉次第です。渡す金額は最小限に抑え、支払いは必ず銀行振込で記録を残してください。
3. シェアの契約形態——連帯責任になるかどうか
joint tenancy と individual room contract
複数人で一軒を借りる場合、契約の結び方は2通りあります。金額は同じでも、同居人が家賃を払わずに消えたときに誰が被るかが正反対です。
joint tenancy(連名契約)
全員が1通の契約書に署名し、全員が家賃の全額について連帯して責任を負います(joint and several liability)。
友人3人で£2,400の物件を借り、1人が突然帰国したとします。残った2人は、法的には**£2,400全額**を払う義務を負い続けます。「私は自分の£800分は払った」という主張は大家に対して通りません。
- メリット:一棟まるごと借りられるので広い。共用部を自分たちで管理できる。同居人を自分で選べる。
- デメリット:同居人の不払い・破損が自分の負債になる。1人が抜けると契約の組み替え(deed of assignment)が必要。
individual room contract(個室ごとの契約)
大家と各入居者が個別に契約を結び、責任は自分の部屋と自分の家賃だけです。SpareRoom で募集されている大型シェアハウスの多くがこの形式です。
- メリット:他人の不払いに巻き込まれない。出入りが自分の都合で完結する。
- デメリット:同居人を選べない(大家が勝手に決める)。共用部の管理は大家任せで、荒れやすい。
どちらを選ぶか
気心の知れた相手がいるなら joint、いないなら individual が原則です。ネットで知り合ったばかりの相手と joint tenancy を組むのは、相手の借金に署名するのと変わりません。
なお joint tenancy でも、2026年5月1日以降は各人が単独で2ヶ月前通知を出して抜けられます。ただし1人が通知を出すと契約全体が終了する扱いになり得るため、抜ける側は残る人と事前に話し合ってください。
補足
HMO(House in Multiple Occupation)とライセンス
3人以上が2世帯以上に分かれて1軒に住み、キッチンやバスルームを共有する物件は HMO に該当します。5人以上なら全国一律で自治体のライセンスが必須(mandatory licensing)で、多くのロンドンの自治体は3〜4人でも独自に義務づけています(additional licensing)。
ライセンス物件には消防設備・最低居室面積・定期点検の基準が課されます。逆に言えば、無許可の HMO は基準を満たしていない可能性が高いということです。ライセンスの有無は自治体のウェブサイトで公開されており、住所を入れるだけで検索できます。契約前に確認してください。
4. 署名前に必ず受け取るべき4つの書類
渡されていないと、大家は不利になる
法律上、大家は入居時に次の書類を渡す義務があります。これを渡していない大家は、後々の手続きで自分が不利になります。受け取っていない場合は必ず請求してください。
- EPC(Energy Performance Certificate) — 省エネ性能の格付け(A〜G)。民間賃貸は最低E以上でなければ貸し出せません。FかGの物件を貸していれば、それ自体が違反です。冬の暖房費に直結するので、実用面でも重要です。
- Gas Safety Certificate(CP12) — ガス設備の年次点検記録。有効期限が1年なので、日付を確認してください。
- How to Rent guide — 政府が発行する借主向けの手引き。最新版が渡されている必要があります。
- EICR(Electrical Installation Condition Report) — 電気設備の点検記録。5年ごとの更新が必要です。
加えて、敷金を払ったら30日以内に保護スキームへの預託証明(prescribed information)が届きます。届かなければ、それは明確な違反です。詳しくは初期費用の記事で扱います。
「渡されていない」ことの意味
改正前は、これらの書類を渡していないと大家は Section 21 を使えませんでした。Section 21 が廃止された今、その効果は薄れていますが、書類の交付義務自体は残っており、違反には自治体の制裁金が科されます。
そして実務上もっと大事なのは、これらを渡してこない大家は、他の義務も守っていない可能性が高いというシグナルだということです。書類の不備は、その物件そのものへの評価に直結させてください。
実務メモ
- 書類はすべてPDFでメール送付を依頼し、自分のクラウドに保存しておきます。トラブルになったとき「いつ受け取ったか」が争点になります。
- EPCは gov.uk の Find an energy certificate で住所検索すれば、大家を通さず自分で確認できます。内見前のスクリーニングに使えます。
- How to Rent guide は毎年更新されます。古い版を渡された場合、交付義務を果たしたことになりません。
5. 家賃の値上げに、どこまで抵抗できるか
年1回・2ヶ月前通知・審判所への異議申立
改正後、家賃の値上げには明確なルールが設けられました。
- 値上げは年1回まで。新規契約から最初の12ヶ月間は値上げできません。
- Form 4A という法定の書式を使う必要があります。メールで「来月から£100上げます」と言われても、それは法的に有効な値上げではありません。
- 2ヶ月前の通知が必要です。
- 提示額が市場相場を超えていると考える場合、借主は First-tier Tribunal(審判所)に異議を申し立てられます。申立ては無料です。
審判所は周辺の類似物件の実勢を見て、適正な家賃を決定します。重要なのは、審判所が大家の提示額より高い家賃を決めることはない点です。つまり申し立てても損はしない構造になっています。
とはいえ現実には、審判所まで行く前に大家と話し合って折り合う例が大半です。「相場を調べたところ、この地域の同程度の物件は£◯◯前後です」という具体的な数字を出せるかどうかが交渉を分けます。Rightmove や SpareRoom で同条件の物件を検索し、スクリーンショットを添えて交渉してください。
ヒント
退去させるための値上げは通らない
Section 21 が使えなくなったことで、「法外な値上げを通告して自主的に出て行かせる」という手口が懸念されていました。審判所への異議申立制度は、まさにこれを封じるために設計されています。相場からかけ離れた値上げを通告されたら、それは交渉の余地がある話ではなく、制度的に争える話です。
よくある質問
参考・公式情報
- GOV.UK - Renters' Rights Act: overview for tenants
- GOV.UK - Guide to the Renters' Rights Act
- legislation.gov.uk - Renters' Rights Act 2025
- legislation.gov.uk - Tenant Fees Act 2019 Schedule 1
- GOV.UK - Tenancy deposit protection
- Shelter England - 借主の権利に関する法情報
- ONS - Private rent and house prices, UK
- SpareRoom - UK Rental Index
- Transport for London - Adult fares and Travelcard prices
料金・時刻・制度は変更されます。本記事は2026年8月時点の情報です。渡航前に各公式サイトで最新情報をご確認ください。
本記事は情報提供を目的としたもので、法的助言ではありません。ここで扱う制度は イングランドのものです(スコットランド・ウェールズ・北アイルランドは別の法律が適用されます)。 Renters' Rights Act 2025 は段階的に施行が続いており、記載内容が最新でない可能性があります。 実際のトラブルにあたっては GOV.UK・Shelter の最新情報を確認し、深刻な事案(違法な立ち退き、 敷金の未返還、健康被害のある住環境など)では Citizens Advice、地元自治体の private housing team、または事務弁護士にご相談ください。