第3章
ET1を提出する
Submitting the ET1 claim form
Acasで解決しなかった後、Employment Tribunalへ正式に申立てを出す段階です。ここから先は相談ではなく、事件として扱われます。
Acas Early Conciliationで解決しなかったため、次に進んだのが Employment TribunalへのET1提出でした。
ET1は、Employment Tribunalに正式な申立てを出すためのフォームです。 ここから先は、単なる相談ではなく、正式な事件として扱われます。
オンラインで提出でき、申立て自体に費用はかかりません。
この章では、実際に提出したときに、どの項目をどう整理したのかをまとめます。
1. まず期限を確認する
ここを落とすと、証拠が揃っていても終わる
ET1で最も注意すべきなのは、提出期限です。
未払い賃金の請求は、原則として問題が生じた日から3か月から1日引いた期間(three months less one day)内に申し立てる必要があります。Acas Early Conciliationを通した期間はこの計算から除外され、certificate発行後に残りの期間が動きます。
計算が少しややこしいので、実務的にはこう考えるのが安全です。
certificateが出たら、すぐ出す。
私は certificate 発行から10日ほどで提出しました。
繰り返しになりますが、次のような理由で待つのは危険です。
- 相手が和解案を出すと言っている
- もう少し交渉すれば解決しそう
- 書類をもっと完璧にしてから出したい
3つ目についても補足しておきます。ET1の段階で証拠を添付する必要はありません。 証拠を出すのは後の段階です。ET1で必要なのは、何を、いくら、なぜ請求するのかを説明することだけです。
完璧を待って期限を落とすのが、いちばんもったいない失敗です。
2. Acas certificate numberは必須
これがないと受理されない
ET1には、Acas Early Conciliation certificateのreference numberを記入する欄があります。
これは必須項目です。Acasを通していない申立ては、原則として受理されません。
記入時の注意点として、certificateに記載されているとおりに正確に書くこと。番号の形式やハイフンの位置を含めて、そのまま転記します。
また、certificateに記載されている相手方の名称と、ET1に書く相手方の名称は一致している必要があります。ここがずれていると、後で手続き上の問題になります。
3. 相手方の情報は登記上の正式名称で書く
店名ではなく、法人名で特定する
ここは地味ですが、後で効いてくる部分です。
相手方(Respondent)として書くのは、あなたを雇用していた法人です。店の看板の名前ではありません。
私の場合、店の名前は Tenshi ですが、雇用主として申立てたのは運営会社の Tenshi61 LTD です。
正式名称と登記上の所在地は、Companies House(英国の法人登記所)で無料で検索できます。給与明細やP60にも記載されていることが多いです。
ここを確認しておくべき理由は2つあります。
- 書類が正しく届くようにするため。 相手方に送達されない限り、手続きが進みません。
- 後の強制執行のため。 もし判決が支払われなかった場合、回収の対象になるのは法人です。法人が特定できていないと、そこで詰まります。
あわせて、Companies Houseで会社の状態(活動中か、清算手続き中かなど)も見ておくと参考になります。この点は後の章でも触れます。
4. 雇用期間と仕事内容は正確に
後の計算の土台になる
雇用の開始日と終了日、そして職務内容を記入します。
私はフロアスタッフとして働いていたので、その旨を書きました。
ここで書いた雇用期間は、後の請求額の計算に直結します。私のケースでは、在職期間中の実稼働日数が金額を出す際の基礎になりました。
なので、この段階で、
- いつからいつまで働いたか
- その間に実際に何日働いたか
を、シフト表や給与明細から確認しておくと、後がスムーズです。
なお、雇用形態(正社員、パート、ゼロアワー契約など)を問わず、労働者であれば賃金の請求はできます。ゼロアワー契約だから請求できない、ということはありません。
5. Claim Detailsには背景と金額の根拠を書く
感情ではなく、構造を書く
ET1の中心はここです。何が起きて、なぜそれが違法で、いくら請求するのかを説明します。
私が書いたのは、おおむね次の構成でした。
- 事実関係 — 会計時に12.5%のサービスチャージが加算されていたこと
- 問題点 — 配分の方法について、書面でも口頭でも説明がなかったこと
- 実態 — 実際に支払われていた額が、徴収額と釣り合っていないように見えたこと
- 法的な位置づけ — サービスチャージが実態として賃金の一部を構成しており、未払い分は未払い賃金にあたること
- 金額 — 請求額と、それをどう算出したか
4番目について補足します。私は、サービスチャージが実態として報酬の一部だったと主張しました。根拠は次のとおりです。
- 在職期間を通じて定期的に支払われていた
- 給与計算を通して処理されていた
- 給与明細に収入として記載されていた
つまり、その場限りの任意の心付けではなく、賃金として扱われていたということです。
書き方についてひとつ。
感情的に書かないこと。
書きたくなる気持ちは分かります。ただ、審判所が読むのは主張であって、感想ではありません。淡々と、構造的に書いた方が強く読めます。
「ひどい扱いを受けた」ではなく、「12.5%が徴収されていたが、配分ルールは書面化されておらず、記録から算出される額と実支給額に差がある」と書く。後者の方が反論しにくいです。
6. 求める救済はcompensation(金銭補償)
何をしてほしいのかを明確にする
Remedy(救済)の欄では、審判所に何を求めるのかを選びます。
私が求めたのは compensation(金銭補償)、つまり未払い額の支払いです。
未払い賃金の請求では、これが基本になります。
ここで金額を書くことになりますが、gross(税・社会保険料を引く前の総額)で書くのが原則です。審判所の実務でもそうなっています。
私の請求額は £4,007.55(gross) でした。この数字の出し方は「自分の未払い額を計算する」で全部説明しています。
金額を書くときは、根拠のある数字を書くこと。 「だいたい5,000ポンドくらい」ではなく、計算から出た端数まで含めた数字を書きます。端数のある数字は、それ自体が「計算した」ことの証拠になります。
なお、判決で支払いを受けた場合、そこにかかる税とNI(国民保険料)は自分でHMRCに申告する必要があります。この点は後の章でも触れます。
7. 英語に不安があるなら通訳希望を書く
費用の負担はなかった
ET1には、審理に必要な配慮を記入する欄があります。
私は英語に不安があったため、日本語・英語の通訳を希望すると記載しました。
結果として、審判所側が通訳を手配してくれました。しかも、私に通訳費用の負担はありませんでした。
これはかなり助かりました。
英語に不安がある場合、無理に「大丈夫です」と言わない方がいいです。最初から必要なサポートを書いておく方が、結果的に自分の主張を正確に伝えられます。
同じ欄で、車椅子でのアクセスや、その他の配慮についても申し出ることができます。
ちなみに、この記録全体を通じて、私は弁護士を立てていません。審理にも本人で出席しました(in person)。 費用は、申立ても、通訳も、かかっていません。
8. 提出後、case numberが付く
相手方には28日間の答弁期間がある
提出すると、審判所から受理の通知が届き、**case number(事件番号)**が付与されます。
以後のやり取りでは、この番号を必ず使います。メールの件名にも入れておくのが実務です。
そして、審判所は私の申立ての写しを相手方へ送付します。私のケースでは、提出から3週間ほど後に送付されました。
ここから相手方の側の期限が動き出します。
相手方は、申立ての写しが送られてから28日以内にET3(答弁書)を提出しなければなりません。
この28日という期間は規則で定まっているもので、重要です。
もし期限までに答弁書が出されなかった場合、審判所は答弁なしのまま判決を出すことができます(Rule 22)。
私のケースでは、まさにそうなりました。詳しくは「答弁なし・審理・判決」で書きます。
提出後に届く通知には、この先の手続き全体の地図が書かれています。次の章では、その通知で何を確認すべきかを整理します。