英国で働く人のためのガイド

    英国サービスチャージ完全ガイド

    レストランやホテルの請求書に付く「サービスチャージ」は、2024年10月から法律で全額スタッフのものと定められました。誰が受け取るのか、断れるのか、正しく分配されていないときに何ができるのか。働く人と利用する人の双方に向けて、根拠となる法律とあわせて解説します。

    2026年8月時点の情報

    01

    サービスチャージとは何か:英国で何が変わったのか

    ロンドンで外食すると、請求書の末尾に 12.5% ほどの「service charge」が並んでいます。かつては 12.5% が相場でしたが、近年は 15% を掲げる店も珍しくありません。

    このお金が誰のものなのかは、長いあいだ曖昧でした。2024年10月1日、それがはっきりしました。

    結論から

    Employment (Allocation of Tips) Act 2023(通称 Tipping Act 2023)が2024年10月1日に施行され、次の3つが確定しました。

    1. チップ・グラチュイティ・サービスチャージは、全額が働いた人のもの
    2. 雇用主がそこから手数料や管理費を差し引くことは違法(税金と国民保険料を除く)
    3. 分配のルールは書面にして、スタッフが読める状態にしておく義務がある

    つまり「サービスチャージは店の売上」という運用は、現在の法律では成り立ちません。

    💡 この記事は誰向け?

    • レストラン・カフェ・ホテルなどで働いている方:自分の権利を確認したい
    • 英国で食事・宿泊をする利用者:会計時の疑問を解消したい
    • 経営者・マネージャー:法令順守のための実務を知りたい

    「サービスチャージ」と呼ばれていても同じ

    法律は名前ではなく中身を見ます。tips(チップ)gratuities(グラチュイティ)service charge(サービスチャージ)——呼び方が違っても、雇用主が管理・影響できるお金であれば、すべて同じルールの対象です。

    現金で直接手渡されたチップのうち、雇用主がいっさい関与しないものだけが対象外になります。

    02

    サービスチャージとチップの違い

    定義の違い

    項目サービスチャージチップ
    金額設定店舗側が決定顧客が任意
    請求方法自動的に加算任意で支払う
    法的扱いスタッフに全額還元同左
    拒否可否条件付きで可能常に可能

    重要なのは、法律上は両者に差がない という点です。

    サービスチャージの2つの種類

    強制(Compulsory service charge)
    • 事前明示が必須
    • 原則支払い義務あり
    • 著しくサービスが悪い場合は拒否可能
    任意(Discretionary service charge)
    • 会計時に追加
    • 理由を問わず拒否可能
    具体例で確認する

    食事代が £100 で、明細に次のように書かれているケースで比較してみましょう。

    • 12.5% discretionary service charge」と明記 → 任意扱い。理由を問わず £12.50 の支払いを断ることができる
    • 12.5% service charge will be added」とだけ記載(discretionary の文言なし)→ 強制扱いとみなされやすく、原則として支払い義務がある

    表示が曖昧な場合、HMRC(英国歳入関税庁:税金や国民保険を管轄する政府機関)から 強制扱い されるリスクがあります。迷ったときは会計前にスタッフへ確認しましょう。

    03

    法的ルール・Tronc制度・税務上の扱い

    Employment (Allocation of Tips) Act 2023

    📖 用語ミニ解説

    • HMRC:英国歳入関税庁。税金・国民保険料を管轄する政府機関
    • PAYE:給与からあらかじめ所得税を源泉徴収する制度(Pay As You Earn)
    • NIC:国民保険料(National Insurance Contributions)
    • Troncmaster:Troncの運営責任者。従業員側から選ばれることが多い
    • Code of Practice:政府が定めた「チップの公平な分配」に関する行動規範

    事業者の義務

    • チップ・サービスチャージの全額分配
    • 公平な分配(Code of Practice準拠)
    • ポリシーの明文化と公開
    • 3年間の記録保存
    • 翌月末までの支払い

    禁止事項

    • 管理費・手数料の控除
    • 最低賃金の補填
    • 他店舗への流用

    違反時は 最大 £5,000 の補償命令 の可能性があります。

    Tronc(トロン)制度と法律

    Tronc はチップを集約・分配する仕組みです。

    形態

    • 雇用主から独立
    • 雇用主が設置し、従業員が運営
    • チップをプールして公平分配
    • 雇用主 NIC 非課税
    • PAYE による所得税は課税対象

    運営責任者を Troncmaster と呼びます。

    法律上の扱い

    • 雇用主が直接管理しなくても、法的責任は残る
    • 独立Troncでも以下が必須:
      • 公平な設計
      • Code of Practice の遵守

    問題がある場合

    雇用主は是正義務があります。

    • Troncmaster の変更
    • 運用是正の要求
    • Tronc の終了

    チップと最低賃金

    • チップは 最低賃金に含めてはいけない
    • 不足分の補填は 違法

    時給が最低賃金に届いていない分をチップで埋める運用は認められません。最低賃金は最低賃金として支払われ、チップはその上に乗るものです。

    違反が疑われる場合、労働者は:

    • 雇用審判所への申立て
    • HMRC への通報 が可能です。

    税務上の扱い

    強制サービスチャージ

    • VAT:20%
    • PAYE:課税
    • NIC:課税(Tronc除く)

    任意サービスチャージ

    • VAT:非課税
    • 明確な表示が前提

    判例:Tronc が「独立」していないと何が起きるか

    Palanki v The Big Table Group では、Tronc からの支払いが通常の報酬の一部と判断され、有給休暇手当(holiday pay)の算定基礎に含まれるとされました。

    決め手になったのは、その Tronc が名ばかりで独立していなかった点です。

    • Tronc 専用の銀行口座がなかった
    • 独立した PAYE スキームがなかった
    • 給与と Tronc が同じ給与明細にまとめられていた

    働く人にとっての意味:Tronc 経由でチップを受け取っているなら、それが休暇手当の計算に含まれるべき可能性があります。給与明細で Tronc がどう扱われているか確認する価値があります。

    04

    従業員の権利:チップポリシーの確認と不服申立て

    前章で解説した法律・Troncの仕組みを踏まえ、ここでは労働者自身が持つ具体的な権利と、問題が起きた際の対処法を解説します。

    チップポリシーを確認する権利

    雇用主は、すべての労働者がチップポリシーにアクセスできるようにする義務があります。

    ポリシーには以下が明記されている必要があります。

    • チップ分配の責任者
    • 分配方法
    • サービスチャージの扱い

    見つからない場合は、雇用主に直接確認することができます。

    Tipping record(チップ記録)

    従業員は、過去3年間のチップ支払い記録を閲覧する権利があります。

    ルール違反が疑われる場合

    以下に該当する場合、対応を求めることができます。

    • チップが公平に分配されていない
    • ポリシーや記録にアクセスできない

    まずは マネージャーに相談、または 正式なグリーバンス(苦情申立て) を行います。

    雇用審判所(Employment Tribunal)

    内部手続きで解決しない場合、雇用審判所に申立てが可能です。

    • 未払いチップ:12か月以内
    • ポリシー/記録の不開示:3か月以内

    期限を過ぎると申立てできません。

    ⏰ 期限は「支払われるべきだった日」や「問題が発覚した日」が起点になります。迷ったら早めに相談しましょう。

    成功した場合、 他の影響を受けた労働者にも是正命令が及ぶ可能性があります。

    派遣労働者(Agency worker)の場合

    • チップ支払責任者に苦情を申し立てる
    • 不明な場合は 派遣会社またはチップポリシーを確認

    Acas(助言機関)

    雇用主・従業員双方は、Acas から無料で助言を受けられます。

    Acas は、労働者の権利と職場トラブル解決を支援する 独立機関 です。日本語での対応はありませんが、相談は無料で、雇用主に連絡が行くこともありません

    審判所に申し立てる場合は、その前に Acas の Early Conciliation(早期和解手続き)を経ることが原則として必須です。順序を間違えると申立てが受理されないため、まず Acas に連絡するところから始めてください。

    05

    これから変わること(2026年末〜)とまとめ

    Employment Rights Act 2025 による強化

    2024年10月に始まった制度は、さらに一段強化されます。Employment Rights Act 2025 により、雇用主には次の義務が加わります。

    • チップポリシーを作成・変更する際に、働く人に意見を聞く(consult)義務
    • ポリシーを少なくとも3年ごとに見直す義務(見直しのたびに意見聴取が必要)
    • 改訂版の Code of Practice への準拠

    意見聴取は形式的な手続きでは足りず、誠実に行い、出た意見とその扱いを記録しておくことが求められます。

    施行時期に注意

    政府は2026年2月〜4月に意見公募を行い、2026年6月に回答と改訂 Code of Practice の草案を公表しました。

    当初は2026年10月の施行が見込まれていましたが、2026年7月16日に政府がスケジュールを更新し、施行は2026年末に延期されました。さらに変更が入る可能性があります。

    ⚠️ この部分は流動的です。実際の手続きを取る前に、Acas や GOV.UK で最新の状況を確認してください。

    この記事の要点(おさらい)

    • サービスチャージとチップは法律上ほぼ同じ扱いで、全額がスタッフに帰属する(2024年10月1日〜)
    • 雇用主による控除は、税金・国民保険料を除いて違法
    • 「強制」か「任意」かで、客が拒否できるかどうかが変わる
    • 分配ルールと記録には開示義務があり、違反時は雇用審判所へ申立てできる
    • 未払いは12か月以内、ポリシー・記録の不開示は3か月以内が申立て期限
    • 2026年末以降、意見聴取の義務が追加される見込み

    まとめ

    サービスチャージが正しく分配されているかどうかは、給与明細と店のチップポリシーを照らし合わせれば確認できます。

    分からないまま働き続けるより、まずポリシーの開示を求めることが出発点になります。それが拒まれる、あるいは金額が明らかに合わない場合には、次の章以降で紹介する手続きが使えます。

    06

    よくある質問(FAQ)

    Q. サービスチャージの支払いを拒否したら、店員に嫌な顔をされませんか?

    任意(discretionary)のサービスチャージは、理由を問わず拒否する権利が法律で保障されています。丁寧に「service chargeは結構です」と伝えれば問題ありません。

    Q. 現金でもらったチップも申告が必要ですか?

    はい。現金チップを含め、チップ収入はすべて所得税の課税対象です。多くの場合、雇用主が給与とあわせてPAYEで源泉徴収します。

    Q. 学生ビザや短期滞在で働いている場合も同じルールが適用されますか?

    適用されます。雇用形態やビザの種類にかかわらず、Tipping Act 2023 はすべての労働者に適用されます。

    Q. レシートに「service charge」としか書かれておらず、強制か任意か分かりません。

    表示が不明確な場合は、会計前にスタッフへ直接確認しましょう。曖昧な表示は店舗側にとってもリスクがあるため、明示を求めるのは正当な権利です。

    Q. サービスチャージがどう分配されたか、給与明細だけでは分かりません。

    Troncを通じて分配される場合、給与明細に記載があるのが一般的です。不明な場合は、Troncmasterまたは雇用主にチップポリシーの開示を求めることができます。

    Q. 「時給に £1 上乗せしているのがサービスチャージ分」と説明されました。これは適法ですか?

    それだけでは判断できません。確認すべきは、店が集めたサービスチャージの総額が、全額スタッフに渡っているかです。

    上乗せの合計額が集めた総額を下回っていて、差額が店側に残っているのであれば違法です。上乗せという方式そのものが違法なのではなく、全額が渡っているかどうかが分かれ目になります。チップポリシーと記録の開示を求めて確認してください。

    Q. キッチンスタッフにも分配されますか?

    分配の対象は「その職場で働く人」であり、フロアに限られません。キッチンスタッフを一律に除外する運用は、公平性の観点から問題になり得ます

    ただし法律が求めているのは全員が同額であることではなく、公平で透明性のある分配です。役職や勤務時間に応じた傾斜配分は、その基準がポリシーに書かれていれば認められます。

    Q. 会社を辞めたあとでも、未払い分を請求できますか?

    できます。申立て期限は支払われるべきだった日から12か月以内で、在職しているかどうかは関係ありません。

    ただし期限を過ぎると原則として申立てできなくなるため、心当たりがある場合は早めに Acas に相談してください。

    参考リンク

    本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、法的助言ではありません。 個別の事案については Acas または資格を持つ専門家にご相談ください。