第5章
答弁なし・審理・判決
No response, the hearing, and the judgment
相手方が答弁書を出さないとどうなるか。誤った通知が届いたときにどうしたか。オンラインでの審理と、£4,007.55の判決まで。
相手方は、期限までに答弁書(ET3)を提出しませんでした。
私に対してはメールで反論を書いてきていたにもかかわらず、審判所に対しては何も出さなかったということです。
この章では、そこから判決までに起きたことを整理します。 途中、審判所から誤った通知が届くという出来事もありました。ここは、同じ立場の人が同じ状況に遭ったときのために、詳しく書いておきます。
1. 答弁書が出ないとRule 22が使える
自動で勝つわけではない
相手方が期限内に答弁書を提出しなかったため、審判所から相手方に対して通知が出されました。要旨は次のとおりです。
あなたは本件の申立てに対する答弁を提出しませんでした。
Employment Tribunal手続規則のRule 22に基づき、判決が出される可能性があります。 あなたは審理の通知を受ける権利はありますが、審理に参加できるのは、担当裁判官が認める範囲に限られます。
ここで誤解しやすい点があります。
答弁書が出なかったからといって、自動的に請求どおりの金額が認められるわけではありません。
Rule 22が意味するのは、「審判所は答弁を待たずに判断できる」ということであって、「申立人の言い値が通る」ということではありません。
請求額の根拠は、依然として自分で示す必要があります。
実際、私はこの後、計算の根拠を書面で出すよう求められ、審理でも証言しています。
なので、相手が沈黙していても、準備を緩めてはいけません。
2. 誤った通知が届いた話
審判所の通知も、間違うことがある
審理の期日が近づいた頃、審判所から通知が届きました。内容は衝撃的なものでした。
相手方が強制清算(compulsory liquidation)に入ったため、あなたの申立ては停止(stay)されます。そして、予定されていた審理は取り消されました。
裁判所の許可を得ない限り、申立てを続行することはできません。
準備を重ねてきた段階でこれが来ると、正直こたえます。
ところが、その2日後、審判所から別の通知が届きました。
先の書面は誤って送付されたものです。あなたの申立ては停止されておらず、審理も取り消されていません。
つまり、最初の通知が誤りだったということです。
ここから得た教訓は2つあります。
- 公的機関からの通知も間違うことがある。 内容に納得できないときや、それまでの経緯と整合しないときは、確認して構いません。
- 通知が来ても、すぐに諦めない。 もしあの通知を受けて手続きをやめていたら、この結果には至っていません。
もっとも、相手方が本当に清算に入った場合は話が変わります。その場合、手続きを続けるには裁判所の許可が必要になり、回収の見込みも大きく変わります。相手方の登記上の状態は、Companies Houseで随時確認しておく価値があります。
3. もし本当に清算していたら
Insolvency Serviceへの報告という選択肢と、相手方のリスク
もし相手方が実際に強制清算(compulsory liquidation)に入っていたなら、話はここで終わりません。清算に至った経緯そのものを、Insolvency Service(破産管財に相当する公的機関)に報告するという道があります。
イギリスでは、企業が清算に入ると、その手続きはOfficial Receiver(管財官)が担当し、清算に至る前の取締役の行為(conduct) を調査対象にすることができます。
具体的に報告できるのは、たとえば次のような事実です。
- 審判所の判決が出る直前というタイミングで清算に入ったこと
- 同じ取締役が、同時期に設立された複数の類似会社に関わっていること
- 清算後も、同じ住所・同じ業態・実質的に同じスタッフで営業が続いているように見えること
これらは、取締役が判決を含む債務を免れる目的で会社を「使い捨て」にしている疑いとして、Insolvency Serviceの担当地域のOR部門(たとえばLondon1.OR@insolvency.gov.uk)に、事実関係としてメールで伝えることができます。私自身も、審判所から届いた停止通知と、その後の会社の営業状況をもとに事実関係を整理し、報告しています。
ここで重要なのは、告発ではなく事実の提供という位置づけであることです。取締役の不正を断定するのではなく、公的機関が調査に値するかどうかを判断できるよう、材料を渡すという性質のものです。
相手方にとってのリスクは、調査につながった場合、次のようなものがあります。
- 取締役の資格剥奪(disqualification) — Company Directors Disqualification Act 1986に基づき、最長15年間、取締役に就任できなくなる可能性があります
- 個人としての責任追及 — 清算が債権者を害する目的で行われた、あるいは不当な取引(wrongful trading)や詐欺的取引(fraudulent trading)にあたると判断された場合、会社の負債について取締役個人が責任を負うことがあります
- 刑事手続きへの発展 — 悪質なケースでは、Insolvency Serviceから検察当局へ引き継がれることもあります
もっとも、これらはあくまで調査の結果として生じうるものであり、報告をしたからといって自動的に何かが起きるわけではありません。
実際、私が報告を送った時点での返信はこうでした。
I am unable to trace the company on our systems, and the data on companies house does not suggest this company is in liquidation.
The official receiver can only deal with enquiries on cases where an order has been made.
つまり、Companies House上ではまだ清算手続き中と表示されておらず、Insolvency Serviceのシステム上でも会社を確認できなかったということです。
ここから分かる教訓は次のとおりです。
- Official Receiverが動けるのは、実際に清算命令(order)が出ている案件だけ。 審判所から「相手が清算に入った」という通知を受け取っただけでは、まだ調査の対象にならないことがあります
- Companies Houseの登記状況と、審判所からの通知は、必ずしも同じタイミングで更新されない。 私のケースでも、審判所からは清算による停止通知が届いていた一方、Companies House上は依然として「active」のままでした
- 報告するタイミングは、清算がCompanies House上でも確認できてから。 早すぎると「該当なし」という返信で終わってしまいます
なので、もし同じ立場に置かれたら、まずCompanies Houseで清算の登記が実際に反映されるのを待ってから、Insolvency Serviceへ事実関係を報告するのが確実です。
4. 「請求額の根拠を書面で出せ」と求められた
期限は7日。ここで手を抜くと審理が長引く
誤送付の訂正と同じ通知で、審判所から具体的な指示がありました。
要旨は次のとおりです。
相手方は規則の定める28日以内に答弁を提出しませんでした。したがって、判決を出すことが可能な状態にあります。これにより、あなたが審理に出席して証言する必要をなくすことができます。
ただし、いくらを請求し、その金額をどのように算出したのかを書面で説明していただかない限り、担当裁判官はその判断ができません。
7日以内に、以下を書面でお知らせください。
- 税・国民保険料の控除前と後の週給
- 未払い賃金として請求する額と、その算出方法(期間を含む)。計算にはgross(控除前) の週給を使うこと
- 未消化有給休暇分を請求する場合はその額と算出方法(同じくgross)
- 解雇予告手当を請求する場合はその額と理由。この計算にはnet(控除後) の週給を使うこと
- 予告期間中に別の職に就いた場合、その期間の手取り収入
- 予告期間中に受給した給付の額
私は未払い賃金1点に絞っていたので、答えるべきは主に2番でした。
提出したのは、次の2部構成の書面です。
- 計算書 — 主張の位置づけ、サービスチャージが賃金の一部を構成する理由、grossで計算する理由、使用した資料の説明
- 算出表 — 日ごとの数字と、そこから金額に至る計算過程
ここでの対応が、結果的に審理を短くしたと思います。
求められた形式で、求められた期限内に、求められたものを出す。 これに尽きます。
5. 審理はオンラインで、通訳が付いた
本人出席、代理人なし
審理は、CVP(Cloud Video Platform)というオンライン形式で行われました。ロンドン中央(London Central)の審判所が担当です。
参加者はこうなりました。
- 申立人(私)— 本人出席、代理人なし
- 相手方 — 出席なし、答弁書の提出もなし
- 通訳 — 審判所が手配(日本語・英語)
- 担当裁判官 — 1名
ET1に通訳希望を書いておいたことが、ここで効きました。費用の負担はありません。
オンライン審理について、実際にやってみて感じたことをいくつか。
- 接続は事前に確認しておく。 参加用の案内が事前に届くので、当日ではなく前日までに試しておく
- 静かな場所と安定した回線を確保する。 通訳が入る場合、音声品質は特に重要
- 書類は手元に紙かサブ画面で用意する。 画面共有に頼らない方が安全
- 通訳が入ると時間は倍かかる。 慌てず、短く区切って話す
私が求められたのは、請求額が正しいことの証言でした。提出済みの計算書と算出表に沿って説明しています。
6. 判決 — £4,007.55
認められたのは未払い賃金1点
判決は、審理の当日に出ました。
相手方は、申立人に対し £4,007.55 を支払わなければならない。
支払期限は、書面判決の送付からおよそ2週間後に設定されました。
判決の理由には、次のことが記載されています。
- 申立ては「other payments(その他の支払い)」として提起されたものである
- ET1の記載から自動的不当解雇も請求しているように読める部分があったが、申立人は該当欄にチェックしておらず、そのような請求はしていないことを審理で確認した
- 申立ては相手方の所在地へ送付されたが、答弁がなかった。よってRule 22に基づき判決を登録した
- 申立人は、未払い賃金(未払いサービスチャージ)として £4,007.55(gross) が支払われるべきであることを証言により確認した
- 申立人は、判決額を受領した際、それにかかる税および国民保険料についてHMRCへ申告する責任を負う
最後の点は見落としやすいので強調しておきます。
判決額はgrossです。手取りではありません。 受け取った後、税務上の処理は自分で行う必要があります。
なお、書面の判決が送付されたのは、審理からおよそ1か月後でした。判決自体はその場で言い渡されますが、書面が届くまでには時間がかかります。
7. 利息は自動では付かない。14日を過ぎると付く
Employment Tribunals (Interest) Order 1990
判決とあわせて、利息に関する通知が届きました。
仕組みはこうです。
- 審判所が判決書を当事者に送付した日を relevant decision day という
- その翌日が calculation day となる
- relevant decision dayから14日以内に全額支払われた場合、利息は発生しない
- 14日以内に全額が支払われなかった場合、calculation dayから利息が発生する
- 利率は Judgments Act 1838 第17条に定める率で、年8%
- 利息は単利で、未払い残高に対して日ごとに発生する
つまり、相手方には14日の猶予があり、それを過ぎると年8%が回り始めるということです。
いくつか補足します。
- 判決額のうち、税やNIとして公的機関に納付される部分には利息は付かない
- 書面の理由(written reasons)を後から請求しても、relevant decision dayは変わらない
- 上訴などで金額が変更された場合、利息はcalculation dayから、変更後の金額に対して計算される
私のケースでは、支払期限までに支払いはありませんでした。
そこから先が、この記録のなかでいちばん語られていない部分です。判決を得ることと、お金を受け取ることは別物でした。
次の章で扱います。
8. 補足 — 相手方は「取消しを申し立てた」と述べています
ただし、その裏付けは確認できていません
公平を期すために書いておきます。
強制執行の段階に入ってから、相手方は、この判決の取消し(set aside)を裁判所に申し立てたと述べるようになりました。
主張の要旨は、審理の通知を受け取っておらず、そのため防御の機会がなかったというものです。
ここは正確に書きます。
私が確認できているのは、相手方がそう述べているという事実だけです。
- 申立書の写しは、私には届いていません
- 執行を担当しているHigh Court Enforcement Officerにも、写しは届いていません
- 裁判所からも、私に対して何の通知もありません
つまり、実際に申立てがなされたのかどうかを、私は確認できていません。相手方の説明があるだけです。
制度としては、Rule 22による判決、つまり答弁がないまま出された判決について、相手方が取消しを申し立てる道は存在します。認められれば、事件は改めて審理されることになります。
その後、この点には裁判所の判断が出ました。
相手方は、執行の停止を求める申立てを裁判所に行いました。裁判所はこれを却下しています。 理由として、被告は判決の内容を早い段階で知っていたこと、そしてそのおよそ2か月後に作成された陳述書の時点で、Employment Tribunalに対する取消しの申立てが実際になされたという証拠がないことが挙げられています。
そのうえで、この記録を読む際には次の点に留意してください。
- £4,007.55の判決は有効であり、強制執行も進行しています
- 取消しの申立てが実際になされ、かつ認められた場合には、この判断が覆る可能性はあります
- ただし、執行停止の申立ては却下され、裁判所も申立ての存在を示す証拠はないと述べています
この区別は、次の章で扱う強制執行の場面で実際に問題になります。