第4章
証拠提出と相手方とのやり取り
Evidence submission and correspondence with the respondent
証拠バンドルの作り方、大容量ファイルの送り方とその落とし穴、そして「受け取っていない、再送しろ」と言われたときにどう答えたか。ここが実務としていちばん学びの多い段階でした。
ET1が受理されると、審判所から通知が届きます。
この通知は単なる受領確認ではありません。この先の手続き全体の地図です。
そして、ここから証拠提出の段階に入ります。
私にとって、実務としていちばん学びが多かったのがこの段階でした。証拠の中身そのものより、送り方と記録の残し方で差がつくということが分かったからです。
1. 通知を「届いた」で終わらせない
書かれている期限をすべて書き出す
審判所からの通知には、かなり大事な情報がまとまっています。
- case number(事件番号)
- 相手方の答弁書(ET3)の期限
- 答弁書が出されなかった場合の扱い
- 審理(hearing)の日程と形式
- 申立人側の証拠提出期限
- 相手方側の証拠提出期限
- 審判所へ書類を送る期限
- 審判所へ連絡する際のCCルール
私がやったのは、届いた時点でこれを全部カレンダーに書き出すことでした。
特に注意すべきなのが、期限が複数種類あるという点です。
相手に送る期限と、審判所に送る期限は別です。
私のケースでは、審理の7日前までに審判所へ書類一式を送るという期限が別途ありました。相手方への送付を済ませて安心していると、これを落とします。
もうひとつ。審判所へ連絡するときは、相手方をCCに入れるのがルールです。片方だけに連絡するのは避けてください。相手方に無断で審判所へ働きかけたと受け取られかねません。
2. 証拠バンドルは索引を付けて構造化する
実際に提出した8点の構成
証拠は、ばらばらのファイルを投げるのではなく、索引(index)を付けた一式として整理しました。
実際に提出した構成は次のとおりです。
| # | 書類 | 役割 |
|---|---|---|
| 1 | 請求額の計算書 | 主張の骨格。何をどう計算したかの説明 |
| 2 | サービスチャージ差額の算出表 | 日ごとの数字と計算過程 |
| 3 | 実稼働日数の集計 | 在職期間中に何日働いたかの根拠 |
| 4 | 給与明細 | 実際に支払われたサービスチャージの額 |
| 5 | フロアスタッフのシフト表 | その日に何人が働いていたか |
| 6 | キッチンスタッフのシフト表 | 同上 |
| 7 | 証人陳述書 1 | 同僚による裏付け |
| 8 | 証人陳述書 2 | 同上 |
あわせて、POSシステムの日次売上レポート(Zレポート)と、サービスチャージの記載があるメニューも提出しました。
ここで意識したのは、すべてが会社側の業務記録であることでした。
私が作ったのは1と2の計算部分だけで、その計算に使った数字は全部、会社が通常業務のなかで作成した書類から来ています。推測も、後からの再構成もありません。
これは主張の強さに直結します。相手が数字を争おうとすると、自分の会社の記録を否定することになるからです。
証人陳述書については、協力してくれた人に無理をさせないよう配慮しました。人を巻き込む以上、その人にリスクが及ばないかは先に考えておくべきです。
3. 大容量ファイルの送り方に落とし穴がある
リンクの有効期限で揉めた
ここは実務的に、いちばん引っかかりやすい部分だと思います。
証拠一式は、シフト表やZレポートのスキャンを含むため、合計で数十MBになりました。メール添付では送れません。
そこで私は、大容量ファイル送信の仕組みを使ってリンクを送りました。審判所の指示に従い、期限内に送付しています。
問題はそのリンクに有効期限があることでした。
提出からおよそ2か月が経ってから、相手方から連絡が来ました。要旨はこうです。
送られたリンクの有効期限が切れていて書類にアクセスできない。再送してほしい。
つまり、送付した時点ではアクセス可能だったものの、相手が実際に開こうとした時点では切れていたということです。
ここから学べる教訓は明確です。
- 大容量ファイルは、有効期限の長い方法か、期限のない方法で送る
- 送付時にリンクの有効期限を記録しておく
- 送付した事実、日時、宛先の記録を必ず残す
- 可能であれば、PDFを分割してメール添付でも送っておく
送達(service)を証明できるかどうかは、後で必ず問題になります。「送ったつもり」では足りません。
4. 「受け取っていない」と言われたときの答え方
再送はするが、期限は動かさない
この場面での対応が、この記録のなかで最も実用的な部分かもしれません。
相手方の主張に対して、私はまず事実を確認しました。相手が言及していた日付には、私はそもそもメールを送っていませんでした。実際の送付は別の日で、審判所の指示に沿ったものでした。
そのうえで、こう回答しました。
書類は審判所の指示に従い、期限内に適切に送達されており、その時点でアクセス可能な状態にありました。
そのうえで、便宜のため、同じ書類を再送します。
誤解のないよう申し添えますが、この再送は新たな送達を構成するものではなく、いかなる手続上の期限や適用される期間制限をも変更、延長、または再開させるものではありません。
英語では次のように書きました。
For the avoidance of doubt, this re-sending does not constitute fresh service and does not reset, vary, or extend any procedural deadlines or applicable time limits.
この一文が重要です。
理由はこうです。相手方の答弁期限は、最初の送達から起算されています。もしここで何も言わずに再送すると、それが新しい送達として扱われ、相手の答弁期限が延びたと主張される余地が生まれます。
再送に応じること自体は問題ありません。むしろ、協力的でないと見られる方が損です。
大事なのは、協力はするが、それによって自分の手続き上の立場を譲らないと明示することです。
同じ考え方は、他の場面でも使えます。相手の求めに応じるとき、それが権利の放棄や期限のリセットを意味しないなら、そう書いておく。
5. 感情的なやり取りに引きずられない
返すのは事実だけでいい
相手方とのやり取りには、手続きとは関係のない内容も含まれていました。
良好な関係だったはずだ、という話。個人的に失望した、という話。私の態度や人柄についての言及。国籍に触れる言い方もありました。
こういうものが来ると、反論したくなります。
返す必要はありません。
私が返したのは、事実関係の訂正と、手続き上必要なことだけでした。
理由は3つあります。
- 審判所が判断するのは請求の中身であって、どちらが感じよく振る舞ったかではない
- やり取りは後で審判所が読む可能性がある。冷静な側が有利になる
- 感情的な応酬に付き合うと、時間と気力を消耗する。ここは長期戦です
短く、丁寧に、事実だけ。それで十分です。
これは我慢の話に見えるかもしれませんが、実際には戦術です。 記録に残るやり取りで冷静さを保つことは、それ自体が主張の一部になります。
6. 相手方の反論と、それにどう答えたか
「均等配分でなくてよい」という主張は、実は正しい
相手方からは、実質的な反論もありました。ここは公平に紹介しておきます。
要旨はこうです。
法律は、サービスチャージを雇用主が留保できず従業員に配分しなければならないと定めているが、均等に配分しなければならないとは定めていない。そして実際、均等ではない。
スタッフは、勤続年数、技能、接客の成績、シフトの入り具合、労働時間といった要素によって、受け取る割合が異なることを理解している。
したがって、総額をスタッフ人数で割って自分の取り分を算出する方法では、正確でも適切でもない結果しか出ない。
この主張の前半は、法律の理解として正しいです。
前の章でも書いたとおり、Tipping Actは公正かつ透明な配分を求めていますが、「公正」は「全員同額」を意味しません。傾斜配分は適法です。
では、私はどう答えたか。
争点は「傾斜配分が許されるか」ではなく、「この職場に傾斜配分のルールが実在したか」です。
私の主張は次のとおりでした。
- 在職期間を通じて、配分方法についての説明は書面でも口頭でも一切なかった
- サービスチャージはプールされて一括で扱われ、個人ごとに管理・配分されていなかった
- 役割別・成績別・重み付けによる配分制度は文書化されていなかった
- 給与明細には単一の合計額が記載されるのみで、内訳も算出根拠もなかった
- 従業員が配分方法について自由に質問できる環境ではなく、説明を得る機会も与えられていなかった
そのうえで、こう整理しました。
文書化された配分ルールも、特定可能な算定方法も存在しない以上、その日に働いた全員に等しく帰属するものとして扱うことが、運用の実態と現に存在する証拠に最も整合する。
言い換えると、こうなります。
傾斜配分のルールがあったと言うのであれば、それを示すのは、そのルールを作り、記録を保持する義務を負っていた側です。
示せるものがないのであれば、記録から検証できる方法で計算するほかありません。
これが、書面化されていなかったことが必ずしも申立人に不利には働かない理由です。
ここでもうひとつ触れておくべきことがあります。相手方は、この主張を審判所に提出しませんでした。私に対するメールで述べただけです。
主張は、審判所に届く形で出さなければ、主張として扱われません。 次の章で扱うのは、まさにその帰結です。