第2章
Acas Early Conciliation
Acas Early Conciliation, from notification to certificate
Employment Tribunalへ進む前に通る手続きです。Acasは味方ではなく中立機関である、という前提を最初に理解しておくと、期待の掛け違いが起きません。
英国でEmployment Tribunalに申立てを出す場合、通常はいきなり審判所へ行くのではなく、その前に Acas Early Conciliation(早期調停)を通す必要があります。
最初は「なぜもう一段階あるのか」と思いました。
ただ、今振り返ると、この段階で自分の主張を整理できたことには意味がありました。 Acasに説明するために事実関係を書き出す作業が、そのまま後のET1と証拠の下地になったからです。
この章では、Acasへの通知から certificate の発行までを整理します。
1. Acasは味方ではなく中立機関
相談する前に、事実関係を整理する
Acasは、労働者側の代理人ではありません。
ここは最初に理解しておいた方がいいと思います。 「Acasに相談する」というと、つい味方になってくれる機関のように考えたくなりますが、実際にはそうではありません。
Acasはあくまで中立です。そして判断や判決を出す機関でもありません。
つまり、こちらの怒りや不満をそのまま受け止めて、相手を説得してくれる場所ではありません。 むしろ重要なのは、こちらの説明が誤解されないように、事実関係を整理して伝えることです。
私にも不満はありました。ただ、それをそのまま感情としてぶつけても、手続き上はあまり意味がありません。
必要だったのは、次の整理でした。
- 何が問題なのか
- いつから起きていたのか
- どのような証拠があるのか
- 何を求めているのか
「Acasを味方につける」より、「Acasに誤解されないようにする」。 この考え方の方が、実際の手続きには合っていると思います。
2. Acasへ進む前に、職場内で問題提起しておく
まず会社に改善の機会を与える
Acasへ進む前に、可能であればまず職場内で問題提起をしておく方がいいです。
いきなり外部機関に持ち込むよりも、まずは会社に対して、
- 何が問題なのか
- なぜ納得できないのか
- どのような対応を求めているのか
を伝えておく。
これは礼儀の問題ではありません。後で審判所に進んだときに、「事前に解決を試みた」という流れが記録として残るからです。
Acas自身も、Early Conciliationの前にまず話し合いによる解決を試みることを勧めています。
裁判を見据えるなら、重要なのは次の順番です。
- 問題を指摘した
- 会社に改善の機会を与えた
- それでも改善されなかった
- だから外部手続きに進んだ
この順番があると、格段に説明しやすくなります。
逆に、会社に何も言わずいきなり外部へ行くと、相手から「なぜ先に言わなかったのか」と言われる余地が出ます。それが常に致命的というわけではありませんが、記録としては事前に問題提起していた方が強いです。
3. ただし、問題提起には報復リスクもある
口頭ではなく、記録に残る形にする
ここが現実的に難しいところです。
マネージャーやオーナーに直接問題提起すると、解雇、シフト削減、嫌がらせといった報復のリスクがある場合もあります。
私自身、Acasへの相談を検討していることが社内で知られた後、この件でAcasに相談すれば解雇につながり得るという趣旨の説明を受けました(これは私が受けた説明であり、審判所の認定事実ではありません)。
なので、「まず職場内で話し合いましょう」と簡単に言うのは、少しきれいごとでもあります。 現場では、問題を指摘した瞬間に立場が悪くなることがあります。
だからこそ、単なる口頭の個人間の話し合いで済ませない方がいいです。
- できれば、チャットやメールなど後から確認できる形で残す
- 話し合う場合も、1対1ではなく第三者が同席している場が望ましい
- 可能であれば、事前に相手の了承を得たうえで会話を録音しておく
後から「言った」「言っていない」になるのを防げます。また、第三者が状況を見ていたという意味でも、記録として強くなります。
問題を指摘した。会社に改善機会を与えた。それでも改善されなかった。
この流れを残せると、後の手続きで自分の主張を裏付けやすくなります。
4. Early Conciliationの申請はオンラインでできる
長い主張文を書き込む場所ではない
Acas Early Conciliationは、オンラインフォームから申請できます。
入力するのは、基本的に次のような情報です。
- 自分の名前・連絡先
- 相手方の名前
- 相手方の住所や連絡先
- どのような問題なのか
- Early Conciliationを希望するか
- 電話・メールなど、希望する連絡方法
ここで大事なのは、長い主張文を書きすぎないことです。 Acasの申請フォームは、審判所に提出する詳しい証拠書類ではありません。
申請自体はそれほど難しくありません。ただ、入力内容は後の手続きにつながるので、勢いで書くより、事実関係を短く整理してから進めた方が安全です。
なお、私は英語での電話対応に不安があったため、メールでの連絡を希望しました。必要であれば通訳を介した電話も可能だと説明されましたが、結果的にはメールでやり取りを進めました。
英語に不安がある場合、この点は最初に伝えておいた方がいいです。無理をして電話で対応すると、後から「そんなことは言っていない」となりがちです。
5. 調停担当者から確認されたこと
相手方情報・雇用状況・請求内容を整理する
通知の後、担当の調停担当者から連絡が来ました。
ここからは単に「相談した」段階ではなく、Acasを通じて相手方とやり取りが始まる段階です。
最初に説明されたのは、Early Conciliationの基本的な性質でした。
- Acasは中立であり、どちらかの代理人ではない
- Acasは判断や判決を出す機関ではない
- Early Conciliationは任意であり、相手方が参加しないこともあり得る
かなり大事な説明です。ここを勘違いすると「Acasが何とかしてくれるはず」と思ってしまいます。実際には、Acasは場を作るだけで、進めるのは自分自身です。
そのうえで、確認されたのは次のような項目でした。
- 相手方の正式な会社名・所在地
- 雇用の状況(在職中か、退職済みか)
- 勤務期間
- 雇用契約書の有無
- 請求の内容と金額
- 解決のためにこれまで取った行動
- 相手方へ連絡してよいかどうかの許可
雇用契約書の有無は必ず聞かれます。 私の場合、サービスチャージの取り扱いについて書面化されたものは存在しませんでした。これは不利な事実に見えますが、実際にはそうとは限りません。書面がないということは、相手方も「合意された配分ルール」を示せないということでもあるからです。
6. 請求内容を途中で整理し直した
広げるより、証拠のある1点に絞る
最初の段階では、私は不当解雇も含めて考えていました。
ただ、進めるうちに整理し直しました。
不当解雇を争うには、解雇の理由をめぐる主張立証が必要になります。これは相手の意図に関わる話で、証拠で詰めるのが難しい領域です。
一方、未払いサービスチャージは違います。
- 会社自身が作った売上記録がある
- 会社自身が作ったシフト表がある
- 会社自身が発行した給与明細がある
この3つを突き合わせれば、金額が出ます。相手の意図を推し量る必要がありません。
結果として、私は未払い賃金(未払いサービスチャージ)1点に絞りました。
これは後になって効いてきます。争点が1つで、しかも数字で示せると、手続き全体が短く、ぶれなくなります。
言いたいことを全部並べたくなる気持ちは分かります。ただ、争点を増やすほど、一つひとつの立証は薄くなります。 勝てる争点に絞る方が、結果的に取り戻せる額は大きいことがあります。
7. 証拠をどこまで共有するか
必要なものは出すが、出しすぎない
Acasからは、私が提出した資料を相手方に共有してよいかも確認されました。
ここは少し慎重になる必要がありました。
証拠を出すことは大事です。ただし、相手にすべての資料をそのまま渡せばいいわけではありません。
私が共有を認めたのは、主に未払い額の概算式が分かる資料でした。
一方で、細かい証拠資料や、相手が後から反論を組み立てる材料になりそうなものは、この段階では伏せることにしました。Acasには、共有する場合は不要な情報を除いたファイルを使ってほしいと伝え、同僚の情報や詳細な計算ファイルは共有したくないとも説明しました。
これは証拠を隠すという意味ではありません。出すべき段階で、出すべき場所に、出すべき形で出すということです。
Early Conciliationは、あくまで和解の可能性を探る手続きです。審判所での正式な証拠提出とは違います。
この段階で全部を見せると、相手に反論を準備する時間を与えるだけになる可能性があります。
特に、契約書がなかった/書面化されたルールがなかった/配分ルールが不透明だったといった点は、相手が後から説明や書面を作ってくる余地があるところです。
同僚の情報を伏せたのには、もうひとつ理由があります。まだ在職している人を巻き込まないためです。
8. 低い金額の和解提案をどう判断したか
金額だけでなく、手続きの段階も見る
相手方からは、和解に向けた反応がありました。ただ、提示された水準は、私が計算した未払い額とは開きがありました。
ここでの判断材料は、金額そのものだけではありません。
- 自分の計算に、どれくらいの根拠があるか
- 相手が争ってきた場合、立証できる見込みがあるか
- 手続きを続けることの時間的・精神的コスト
私の場合、計算の根拠は会社自身の業務記録でした。推測に頼っていないという確信があったので、大きく譲る理由がありませんでした。
逆に言えば、根拠が薄い状態で強気に出るのは危険です。和解は「negotiation(交渉)」であって、勢いで決まるものではありません。
なお、Early Conciliationで和解が成立した場合、その合意は法的拘束力を持ちます。後から「やっぱり足りない」と言って蒸し返すことはできません。だからこそ、応じる前に自分の計算を固めておく必要があります。
9. Acasの返信が遅くても焦りすぎない
催促は短く、丁寧に、必要最低限でいい
Acasの対応は、体感としてかなり時間がかかりました。少なくとも、テンポよく進むという感じではありませんでした。
ただ、それ自体は珍しいことではないと思います。返信が遅いからといって、すぐに自分が不利になっているとは限りません。
一方で、何度も催促メールを送るのは避けた方がいいです。
Acasは中立機関です。しつこく連絡しすぎると、焦っている印象や感情的な印象を与える可能性があります。
催促する場合も、一定期間待ったうえで、短く丁寧に確認する程度で十分です。たとえば、
I would be grateful if you could kindly confirm whether there is any update on this matter.
くらいで足ります。
長文で事情を再説明したり、何度も同じ主張を送ったりすることは避けるべきです。感情的に見えたり、過度な圧力をかけているように受け取られたりする可能性があります。また、後で審判所に記録を見られた場合にも、必要以上に攻撃的・執拗だったという印象を与えかねません。
10. Certificateが出たら、そこから期限が動く
「相手が提案すると言っている」で待たない
解決に至らなかったため、Acasから Early Conciliation certificate が発行されました。
私の場合、Acasへの通知からcertificate発行まで、およそ6週間でした。
このcertificateにはreference numberが付いており、ET1を提出する際に必ず必要になります。
ここが手続き上いちばん危ないポイントです。
certificateが出た時点から、Tribunalへの申立て期限が動き出します。
そして、次のような状況が普通に起きます。
- 相手が「和解案を出すつもりだ」と言っている
- Acasから追加の連絡が来るかもしれない
- もう少し待てば解決するかもしれない
待ってはいけません。
和解の可能性を残すことと、申立ての期限を守ることは別の話です。ET1を出した後でも和解はできます。むしろ、申立てを済ませてから交渉する方が安全です。
私は certificate 発行から10日ほどでET1を提出しました。
期限を落とすと、どれだけ証拠が揃っていても請求できなくなります。ここだけは慎重に行った方がいいです。