第6章
勝っても払われないとき
When you win and still do not get paid
判決は自動では支払われません。ここから先の手続きは、ほとんどのガイドが書いていない部分です。High Courtへの移行、執行費用、相手方の抵抗、そして実際の回収まで。
ここが、この記録でいちばん書いておきたかった部分です。
判決を得ることと、お金を受け取ることは、まったく別の作業でした。
支払期限を過ぎても、入金はありませんでした。
多くのガイドは判決のところで終わっています。しかし現実には、そこからもう一段階あります。この章では、その一段階を具体的な数字とともに書きます。
1. 審判所は取り立ててくれない
判決を出した機関と、回収する機関は別
まず理解しておくべき、身も蓋もない事実があります。
Employment Tribunalは、判決額を回収してくれません。
審判所の役割は、支払うべき額を判断して命じるところまでです。相手が払わなかった場合に取り立てる権限はありません。
そして、Employment Tribunalの判決は、そのままの形では強制執行できません。
回収するには、判決を裁判所の執行手続きに移す必要があります。英国(イングランド・ウェールズ)では、主に次の選択肢があります。
| 方法 | 概要 |
|---|---|
| High Courtのwrit of control | High Court Enforcement Officer(HCEO)が動産を差し押さえる。1,600ポンド超の債権で使える |
| County Courtのwarrant of control | County Courtの執行官が動く。少額向けだが、一般に動きは遅い |
| 第三債務者命令(third party debt order) | 相手の銀行口座を直接押さえる。口座情報が必要 |
| 支払督促手続き | 相手の資力を調査する手続き |
| 会社の清算申立て | 最終手段。回収額が保証されるわけではない |
これとは別に、費用のかからない公的な制度もあります。
Employment Tribunal penalty enforcement and naming scheme です。判決から42日後に無料で未払いを登録でき、雇用主に警告通知が送られます。それでも28日支払われない場合、判決額の50%にあたる制裁金と年8%の利息が科され、支払わない雇用主はgov.uk上で公表されることがあります。
回収を急がない場合や、費用の立替を避けたい場合には、こちらを先に検討する価値があります。リンクは「参考リンク集」に載せています。
私はHigh Courtのwritを選びました。
理由は3つです。
- 判決額が1,600ポンドを超えていた
- HCEOは成功報酬型で、回収できなければ基本的に費用が発生しない
- 執行費用は債務者側に加算されるため、自分の取り分が減らない
3つ目は重要なので、後で詳しく書きます。
2. 実際にかかった費用
自己負担は£80の立替のみ
writを発行するには、High Courtに申請します。私はHCEOの会社を通じて手続きしました。
writに載った金額の内訳は次のとおりです(執行開始時点)。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 判決額 | £4,007.55 |
| writ発行費用(costs of issue) | £80.00 |
| 利息(年8%、日割りで加算) | £75.68 |
| 申立人側の合計 | £4,163.23 |
| HCEO手数料 | £649.75 |
| writ上の総額 | £4,812.98 |
ここで注目してほしいのは構造です。
£80のwrit発行費用と、HCEOの手数料は、いずれも債務者に請求される総額に上乗せされています。
つまり、回収が成功すれば、私が受け取るのは判決額と利息を含む「申立人側の合計」であり、執行にかかった費用は相手方が負担することになります。
私が実際に自己負担したのは、writ発行費用£80の立替のみでした。
なお、HCEOの手数料は執行の進行度に応じて増えます。実際、後の段階では**£1,243.75まで増加し、writ上の総額は£5,413.32**になりました。
債務者の側から見れば、支払いを引き延ばすほど負担が増える構造です。これは交渉上、こちらに有利に働きます。
3. 執行官が現地に行くと、動きが出る
文書のやり取りとは反応速度が違う
writが発行されると、HCEOの執行官(enforcement agent)が債務者の所在地に赴きます。
ここまでの経緯を振り返ると、対比が鮮明でした。
- 審判所からの書面 → 答弁なし
- 支払期限 → 入金なし
- 執行官の訪問 → その日のうちに反応
執行官が訪問した後、状況は急速に動きました。訪問時に**£1,000が回収**され、支払いの提案が出てきました。
執行官からの連絡には、次のような文言が含まれています。
執行官が貴殿の所在地を訪問しましたが、本件は解決されておらず、残債務が残っています。これ以上の訪問や費用の発生を避けるため、担当者まで至急ご連絡ください。
書面のやり取りが数か月かけて進まなかったのに対し、現地対応は即日で結果が出ました。
とはいえ、ここも順調一色ではありませんでした。
4. 相手方は執行の停止を求めてきた
裁判所の命令がない限り、執行は止まらない
執行が進むと、相手方から異議が出ました。
主張の要旨はこうです。
顧問弁護士が、この債務の原因となった判断を取り消す(set aside)ための申立てを既に裁判所に提出済みである。
私も会社も審理の通知を受け取っておらず、防御を行うことができなかった。判決は欠席のまま申立人有利に出されたものであり、出席できていれば結果は違っていた可能性が高い。
新しい審理の期日が決まるまで、回収手続きを停止してほしい。
これに対するHCEOの回答は、明快でした。
裁判所からの命令、または依頼者からの指示を受領しない限り、執行を停止することはできません。
ここが実務上、非常に重要な点です。
取消しの申立てをしたと述べるだけでは、執行は止まりません。止めるには、裁判所が実際に執行停止の命令を出す必要があります。
「申立てを出したから待ってくれ」という要請には、法的な効力がありません。
もし同じ場面に遭遇したら、押さえるべきはこの1点です。止めるのは相手の主張ではなく、裁判所の命令です。
そして、ここにはもう一段の前提があります。
相手方が申立てを実際に行ったのかどうかも、私は確認できていません。
- 申立書の写しは、私には届いていません
- 執行を担当しているHCEOにも、写しは届いていません
- 裁判所からも、私に対して何の通知もありません
つまり、この時点で存在が確認できているのは、相手方がそう述べているという事実だけです。
執行が止まらなかったのは、まさにこの構造によります。裁判所が命令を出せば、その命令はHCEOに届きます。届いていないということは、少なくとも執行を停止させる判断はなされていない、ということです。
相手の主張と、裏付けのある事実は分けて扱う。 この場面で実際に効いたのは、その一点でした。
5. 回収金はすぐには手元に来ない
14日間のstatutory embargo period
もうひとつ、知らないと戸惑う仕組みがあります。
執行官が回収した金銭は、すぐには申立人に渡されません。
HCEOは、回収した資金を14日間保持します。これは **statutory embargo period(法定の留保期間)**と呼ばれるものです。
この期間が経過した後、はじめて申立人へ支払われます。
さらに、支払い自体の処理にも数日かかることがあります。実際、残高の表示と実際の入金額が食い違って見える場面がありました。
回収された ≠ 自分の口座に入った、ということです。
タイミングを見誤らないよう、この点は先に知っておいた方がいいと思います。
6. 分割払いの合意に至った
£1,000を隔週で
執行が進み、相手方から支払いの提案が出ました。
£1,000を隔週で支払うという内容です。
私はこれに同意し、HCEOへその旨を伝えました。
債務者からの、隔週£1,000の支払い提案に同意します。
入金があった場合はご連絡いただき、債務者が支払いを怠った場合には直ちにご連絡ください。
合意時点での状況は次のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 判決額 | £4,007.55 |
| writ発行費用 | £80.00 |
| 利息 | £82.02 |
| 申立人側の合計 | £4,169.57 |
| HCEO手数料 | £1,243.75 |
| writ上の総額 | £5,413.32 |
| 既払い額 | △£1,000.00 |
| 残高 | £4,413.32 |
利息は1日あたり£0.74の割合で増え続けます。年8%が日割りで乗るためです。最終回の支払い前には、正確な残高をHCEOに確認する必要があります。
分割払いに応じる際、私が確認したのは次の点でした。
- 不履行があった場合に何が起きるか。 支払いを怠れば、執行官が事前通知なく再訪でき、追加の費用が発生し得ます
- 不履行時にすぐ連絡をもらえるか。 監視をHCEOに任せきりにせず、報告してもらう
- 利息が止まらないこと。 分割払いに合意しても、残高には利息が付き続けます
分割払いに応じるかどうかは判断が分かれるところです。 一括での回収にこだわって執行を続ける選択もあります。ただ、相手方に十分な資力がない場合、現実的な回収可能性を見て判断する方がよいこともあります。
7. この段階で学んだこと
判決は通過点であって、ゴールではない
この章の内容をまとめます。
- 判決は自動的には支払われない。 審判所は取り立ててくれない
- ET判決はそのままでは強制執行できない。 裁判所の執行手続きに移す必要がある
- 1,600ポンド超ならHigh Courtのwritが現実的な選択肢。執行費用は債務者に加算される
- 自己負担はwrit発行費用の立替のみで済むことがある
- 執行官の現地訪問は、書面よりはるかに速く結果が出る
- 「取消しを申し立てた」という相手の主張だけでは執行は止まらない。 止めるには裁判所の命令が必要
- 相手の主張は、裏付けが取れるまで主張として扱う。 申立書の写しも裁判所からの通知も届いていないなら、確認できているのはそう述べられたことだけ
- 回収金は14日間保持されてから支払われる
- 利息は日割りで加算され続ける。時間の経過はこちらに不利ではない
そして最も大事なこと。
判決を得た時点で終わりだと思わないこと。
支払期限を過ぎた時点で、次の手続きに進む準備を始めておくのが現実的です。相手方の登記上の状態(活動中か、清算手続きに入っていないか)も、並行して確認しておくべきです。
判決は、権利が確定したことを意味します。ただ、それが現金になるまでには、もう一仕事あります。