作家・知識人

    マリルボン / フィッツロヴィアのブループラーク巡り

    Marylebone & Fitzrovia地下鉄駅2〜3駅分・半日

    マリルボンからフィッツロヴィアにかけての一帯は、19世紀後半から20世紀前半にかけて作家や知識人が好んで住んだエリアです。派手な観光名所こそありませんが、一本裏の通りに入ると、青いプレートが次から次へと現れます。

    ここでは実際に歩いて巡れる範囲の人物を厳選して紹介します。ほとんどが現在も人が住む私有の建物なので、見学は外観のみになります。

    掲載する建物のほとんどは現在も人が暮らす私有の住宅です。プレートの写真を撮る以上のこと(呼び鈴を鳴らす、敷地に入るなど)は控えてください。

    掲載プラーク

    小説家 · 1907–1911

    1. ヴァージニア・ウルフ

    Virginia Woolf

    父の死後、ウルフは兄エイドリアンとともにこの家を借りました。ここで毎週木曜の夜に開かれた集まりに、リットン・ストレイチーやクライヴ・ベルらが集い、それがのちの「ブルームズベリー・グループ」の出発点になります。20世紀初頭のイギリスの文学・美術批評・性のあり方をめぐる価値観を大きく揺さぶった集団の、まさに発祥の場所です。

    ウルフはここで過ごした年月の延長線上で、処女作『船出』の執筆に取り組んでいきます。同じ建物にはのちにジョージ・バーナード・ショーのプレートも掲げられ、ロンドンでも指折りの「二枚看板」の文学史的建物になっています。

    住所
    29 Fitzroy Square, Fitzrovia, London W1T 5LP
    最寄り駅
    Warren Street 駅 徒歩3〜4分
    見学の可否
    私有の住宅です。外観の見学にとどめてください。
    ひとこと
    同じ建物にジョージ・バーナード・ショーのプレートも掲げられています。あわせて見学できます。

    劇作家 · 1887–1898

    2. ジョージ・バーナード・ショー

    George Bernard Shaw

    ショーが無名の若き批評家としてこの家に越してきて、著名な劇作家として去っていった10年間です。プレートには「その天才の蓄えから世界を豊かにした」という言葉が添えられています。

    このフィッツロイ・スクエア時代に、のちの作品を特徴づける逆説的で鋭い機知が磨かれ、『ウォレン夫人の職業』や『武器と人間』が書かれました。同じ建物にはのちにヴァージニア・ウルフのプレートも加わり、古い時代のブロンズ製と新しい青いプレートが並ぶ、珍しい二枚看板の建物になっています。

    住所
    29 Fitzroy Square, Fitzrovia, London W1T 6LQ
    最寄り駅
    Warren Street 駅 徒歩3〜4分
    見学の可否
    私有の住宅です。外観の見学にとどめてください。
    ひとこと
    ヴァージニア・ウルフのプレートと同じ建物にあります。ひとつの外観で二人分を見学できます。

    詩人 · 1838–1846

    3. エリザベス・バレット・ブラウニング

    Elizabeth Barrett Browning

    病がちで、支配的な父のもとほとんど自室に閉じこもっていた時期に、エリザベス・バレットはこの家で1844年の詩集『Poems』を書き上げました。この詩集が彼女を一躍有名にし、ロバート・ブラウニングが最初のファンレターを送るきっかけになります。

    父に秘密にしたまま進んだ二人の交際は、1846年のイタリアへの駆け落ちに至ります。この顛末はのちに戯曲・映画『バレット家の人々』として描かれました。もとの18世紀の建物自体は1935年に取り壊されており、現在の建物にプレートが移設された際、その経緯を示す石板が添えられています。

    住所
    50 Wimpole Street, Marylebone, London W1G 8SQ
    最寄り駅
    Bond Street 駅、Regent's Park 駅(いずれも徒歩8〜10分)
    見学の可否
    現在は医療関係の事務所が入る建物です。外観の見学にとどめてください。

    作家 · 1893–1898

    4. フランセス・ホジソン・バーネット

    Frances Hodgson Burnett

    大西洋の両岸で名声を得ていた絶頂期に、バーネットはこの1770年代建造の壮麗なタウンハウスを借り、私財を圧迫するほど盛大なもてなしを続けました(その事情はのちに短編『The Captain's Youngest』に反映されています)。

    この家は間接的に『秘密の花園』(1911年)の誕生にも関わっています。1898年にここを引き払いケント州のメイサム・ホールへ移った後、そこの塀に囲まれた薔薇園が小説の舞台の直接の着想源になりました。ちなみに1979年にプレートが設置された際、実は隣の建物に誤って取り付けられ、翌日に付け直されたという逸話も残っています。

    住所
    63 Portland Place, Marylebone, London W1B 1QP
    最寄り駅
    Regent's Park 駅、Great Portland Street 駅(いずれも徒歩4〜5分)
    見学の可否
    私有・商業用の建物です。外観の見学にとどめてください。

    美術評論家・美術家 · 1913–1919

    5. ロジャー・フライ

    Roger Fry

    フライは画家というより、批評家・キュレーターとしてブルームズベリー・グループの中核を担った人物です。1910年にグラフトン・ギャラリーで開いた「マネと後期印象派」展を企画し、「ポスト印象派(Post-Impressionist)」という言葉自体を作ったことで知られています。

    この住所では1913年、装飾美術・織物・家具などを手がける工房「オメガ・ワークショップス」を設立しました。ダンカン・グラントやヴァネッサ・ベル、ウィンダム・ルイスらが関わった匿名制作の共同体でしたが、利益は出ないまま1919年に閉鎖されています。近所の29番地(ウルフ、ショーの家)とは目と鼻の先で、あわせて回れる距離です。

    住所
    33 Fitzroy Square, Fitzrovia, London W1P 6AY
    最寄り駅
    Warren Street 駅 徒歩2分
    見学の可否
    現在はイベント会場として使われる私有の建物です。外観の見学にとどめてください。
    ひとこと
    ウルフ・ショーのプレートがある29番地とは徒歩1分の距離。3人分をまとめて回れます。

    詩人・画家 · 1828年生誕

    6. ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(生誕地)

    Dante Gabriel Rossetti

    ロセッティが1848年にミレイ、ハント とともに結成した「ラファエル前派同盟」は、当時の型にはまった古典主義への反発から、強い色彩と細部への異様なこだわりを特徴としました。詩人クリスティーナ・ロセッティを含むロセッティ家のきょうだい全員が、この住所で生まれています。

    なお、ロセッティが実際に生まれた建物(旧38番シャーロット・ストリート)は取り壊されており、現在のプレートは1906年にロンドン州議会が設置したのち、1928年に建て替え後の建物へ補足の説明板とともに移設されたものです。オリジナルの建物ではない点は、正確を期すなら知っておきたい事実です。

    住所
    110 Hallam Street, Fitzrovia, London W1W 5HD
    最寄り駅
    Great Portland Street 駅 徒歩3分
    見学の可否
    私有の住宅・オフィスです。外観の見学にとどめてください。
    ひとこと
    プレートは生誕地を示すものですが、建物自体は建て替え後のものです。

    ほかのエリアのブループラーク