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    ジャスト・ロンドンは、ロンドンの深層に迫る力量も器量もない中途半端な存在ですが、旅の判断をほんの少し整える一文が紛れていれば、それだけで存在理由になります。

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    British English2026年9月6日

    spend a penny

    「spend a penny」は女性しか払わなかった1ペニーの話

    「ちょっとお手洗いに」の上品な言い方、として辞書には載っている。でもこの1ペニー、実際に払わされていたのはほぼ女性だけだった。男性用の小便器はタダで、鍵が付いていたのは個室のドアだけだったから。

    「spend a penny」は女性しか払わなかった1ペニーの話

    この言い回し、日本の英語教材だと「トイレに行くの婉曲表現。イギリスの公衆トイレが1ペニー有料だったことに由来」で終わる。それ自体は間違っていない。ただ、その説明はいちばん面白いところを丸ごと飛ばしている。誰がその1ペニーを払っていたのか、という話だ。

    01

    コインを入れるドアは、片方にしか付いていなかった

    料金体系がそのまま言葉になった

    ヴィクトリア朝の公衆トイレは、全部が有料だったわけじゃない。有料だったのは個室。男性用の小便器はズラッと並んでいて、そっちはタダだった。つまり構造上、コインを入れないと用を足せないのは、ほぼ女性のほうだけだったということになる。

    だから spend a penny は最初から少し偏った言葉だった。文字通りペニーを消費していた側の言い回しなんだから当然といえば当然で、記録に残る最初期の用例もそれを裏切らない。Hilda Lewis の小説『Strange Story』(1945年)に出てくるのは、こういう一文だ。

    Us girls are going to spend a penny!

    新聞での初出とされるのは1947年5月20日、スコットランドの Fraserburgh Herald 紙のコラム。「彼女は1ペニーを使いに行って、間違えて half-a-crown を使ってしまった」という小ネタで、half-a-crown は30ペンス相当。要するに30倍の勘定を払わされた、という笑い話として載っている。冗談のオチが成立するくらいには、1ペニーという値段が誰にとっても常識だった。

    コイン式の錠が最初に付いたのは1850年代、ロンドンの王立取引所(Royal Exchange)前の公衆トイレとされる。その少し前、1851年のロンドン万博では George Jennings の水洗式便所が公開され、6か月で 827,280人が1ペニーを払って使った。この値段には清潔な便座、タオル、櫛、そして靴磨きまで込み。今の20〜50pのトイレでタオルと櫛と靴磨きが出てきたら普通に事案なので、当時のペニーがどれだけ本気の商売だったかがわかる。

    02

    この言葉を過去形にしたのは、政治家だった

    回転ゲートを「拷問器具」と国会で呼んだ人がいる

    料金そのものより厄介だったのが、入り口の回転式ゲートだ。ベビーカーを押していても、子どもの手を引いていても、買い物袋を抱えていても、妊娠していても、あの鉄の棒を1人ずつ通らないと中に入れない。しかも男性用トイレの入り口には付いていない。

    これに正面から怒ったのが、労働党のバーバラ・キャッスル議員。1961年7月、回転ゲートの撤廃法案を下院に提出し、あれは「拷問器具」であり「女性への究極の侮辱」だと言い切って、こう問いかけた。

    Is it a crime to spend a penny?

    婉曲表現を、そのまま国会で武器として使い返しているのが見事だと思う。日本の国会で「お花を摘みに行くのは犯罪なんですか」と詰め寄る議員がいたら、その日のニュースは全部それになる。実際この流れは制度を動かし、1963年には公衆トイレの回転ゲートを禁じる法律が成立。自治体が管理する公衆トイレのゲートは、成立から6か月以内の全撤去が義務づけられた。

    そのあと、言葉のほうが足元から崩れる。1971年の通貨十進化はなんとか生き延びたが、1977年にデイリー・テレグラフ紙が「1ペニーを使うのに2ペンス」という見出しを打った時点で、算数が合わなくなった。

    • 今のイギリスで有料トイレはだいたい 20〜50ペンス
    • しかも現金不可、カードのタッチ決済だけという場所が増えている
    • 主要駅のトイレは2019年4月1日から無料になった
    • 一方で自治体の公衆トイレ自体が、8年で約9,000か所から4,486か所まで減った

    つまり今のロンドンでこの言葉を文字どおり実行しようとすると、金額も、投入口も、硬貨そのものも、下手をするとトイレ自体も存在しない。値札だけ剥がれ落ちて、言い回しだけが残っている状態だ。

    使う場面? 正直、日常会話で口にするのは今や祖父母世代がメイン。若い人が言うと、わざと古風にふざけているサインとして伝わる。旅行者としては「言う」より「言われたときに固まらない」ほうが大事で、パブで席を立つ人にこれを言われたら、財布を出さずに「Sure」とだけ返せば正解。間違ってもここで小銭を貸そうとしないこと。

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