brave
「That's a very brave proposal」は勇気を讃えていない。「正気か?」をいちばん上品に包んだ一言だ。見分け方はひとつ、brave が「人」に向いているか「選択」に向いているか。これを知らないと、死んだ企画のために週末がひとつ消える。

知人のケンジ(仮名)は、ロンドンの広告代理店に入って2年目の秋、月曜の定例でこう提案した。「クリスマスパーティーを1月にずらせば、会場代が半額になります」
マネージャーは2秒ほど黙って、にっこり笑った。「That's a very brave proposal.」
ケンジは舞い上がった。brave、勇敢。つまり「よく言った」だ。週末を丸ごと使って、会場3社の見積もりを比べたスライドを20枚作った。
翌週の定例。彼がスライドを開こうとした瞬間、マネージャーは「Let's park that for now」と言い、4秒で次の議題に移った。会議のあと、隣の席のイギリス人が小声で教えてくれたらしい。
「Mate, brave means mental.」
見分け方は、何に向かって言っているかだけ
brave が本気で褒めているのか、刺しているのか。見分けるのは簡単で、何に向かって言っているかを見ればいい。
You were very brave(注射に耐えた子どもに)a brave header(スパイク覚悟で頭から突っ込むヘディング)That's a brave proposal — 正気かBrave choice of shirt — そのシャツ、どういうつもりPainting the whole flat black? Brave. — 部屋、暗くない?つまり brave は「私ならやらない」の丁寧語だ。僕もブリクストンの床屋で刈り上げた翌朝、同僚から Brave. の一語だけをもらった。日本の職場の「おっ、攻めたね」とほぼ同じで、言った側はあとで問い詰められても「褒めたじゃん」で逃げ切れる。
イギリス人は礼儀正しいから遠回しに言う、とよく言われる。でも、たぶん順番が逆だ。これは礼儀というより、証拠を残さずに反対するための言葉な気がする。
1980年のBBCのコメディが、もう全部バラしていた
この暗号、40年以上前にテレビで解読済みだ。1980年のBBCのコメディ『Yes Minister』で、官僚のサー・ハンフリーが若手に、大臣に企画を諦めさせるコツを教える場面がある。提案書に「複雑」「長い」「高い」、それに controversial(物議を醸す)と書け。念を押すなら courageous(勇気ある)と書け。controversial は「票を失う」、courageous は「選挙に負ける」という意味だから、と。霞が関の「前向きに検討します」と同じ文法だと思う。
2011年ごろには、ネットで「Anglo-EU翻訳表」というジョーク表が出回った。That is a very brave proposal の本当の意味は「You are insane」、外国人の受け取り方は「勇気を認めてもらえた」。作者不明のネタだけど、2019年にYouGovがこの表の表現で本当に調査したら、With the greatest respect をイギリス人の68%が「お前はバカだ」と読んだ。ネタのほうが正確だった。
オチをひとつ。brave の元はイタリア語の bravo で、もとは「荒っぽい、野蛮な」。16世紀末の英語では、bravo は「雇われの殺し屋」も指した。皮肉の brave が「無謀」を意味するのは、ただの先祖返りなのかもしれない。