brass monkeys
「It's brass monkeys」は「外、めちゃくちゃ寒い」。パブの物知りおじさんは「軍艦の砲弾置き台が寒さで縮んだから」と語るが、1769年の海事辞典にも、揺れる甲板にも、物理の計算にも、そんな猿はいない。

11月の金曜、職場近くのパブ。煙草を吸いに出ていた同僚のダンが、マフラーをほどきながら戻ってきた。
「It's brass monkeys out there.」
真鍮の、猿たち? こっちが聞き返すより先に、カウンターの常連が食いついた。テリー、推定70歳、このパブの雑学担当。
「知ってるか。ネルソンの時代の軍艦じゃ、大砲の玉を真鍮の台にピラミッドに積んでた。その台をmonkeyと呼んだ。寒いと真鍮が縮んで、玉が転げ落ちる。だから cold enough to freeze the balls off a brass monkey。いいか、下ネタじゃない。海軍の話だ」
テリーはピーナッツを4粒、ビアマットの上に三角に積んで実演までしてくれた。ダンは「Fascinating」と頷き、僕も頷いた。下品に聞こえて、実は歴史の話。いい話だ。
帰りの電車で調べた。テリーのピーナッツは、最寄り駅に着く前に全部崩れた。
辞典にも、甲板にも、物理にもいない
テリーの話はネットでもいちばん有名な説。でも、こう崩れる。
オックスフォード英語辞典(OED)も、アメリカ海軍の歴史部門も、語源研究家のマイケル・クィニオンも、この説ははっきり否定している。
テリーは悪くない。下ネタに「海軍の歴史」をかぶせると急に教養っぽくなる。保健体育の教科書を指さして「これは勉強だから」と言い張る中学生と、構造はほぼ同じだと思う。
猿はただの真鍮の置物。落ちる部位は言う人しだい
今見つかっている最古の例は、イギリスじゃなく1838年のニューヨークの新聞。cold enough to freeze the nose off a brass monkey。凍っていたのは鼻。
その後も尻尾、耳、ヒゲと、落ちる部位は書く人しだい。「暑すぎて鼻が溶ける」版まであって、メルヴィルも1847年の小説で使っている。金玉が活字に出てくるのは20世紀に入ってから。
つまり猿はただの真鍮の置物で、「金属の塊でも無事じゃ済まない」という大げさなたとえ。土産物の真鍮の三猿(そう、日光の「見ざる言わざる聞かざる」)が元という説もあるが、時期が合わないという指摘もある。日光の猿がロンドンの寒さを背負ってたら胸アツだったけど、たぶん違う。
今の使い方はこう。
次にパブでピーナッツが積まれ始めたら、「Actually, it started with a nose.」と言っていい。実演のほうが面白いのは認めるけど。