Story

    レ・ミゼラブル のあらすじ

    Les MisérablesSondheim Theatre で上演中

    一度だけ赦された男が、残りの人生を「次に誰を赦すか」に使い切る話です。

    上演時間
    2時間50分(休憩20分込み)
    劇場の推奨
    7歳以上
    劇場
    Sondheim Theatre
    楽曲数
    19

    パン一切れを盗んで19年。刑期を終えて世に出たジャン・バルジャンは、行く先々で宿を断られます。前科者だと分かる黄色い通行証を見せなければ、どこにも泊まれないからです。凍える夜、一人の司教だけが彼を家に入れました。バルジャンはその家の銀食器を盗んで逃げ、捕まって引き戻されます。司教は警官の前でこう言います——それは私が与えたものだ、と。そして銀の燭台まで持たせて送り出します。

    この一場面で作品の主題は出そろっています。赦された人間は、次に誰を赦すのか。物語はここから、身分を隠して生きる男と、法を信じきった警官ジャベールを、1815年から1832年までの17年にわたって追いかけます。ただし追跡そのものが本題ではありません。工場を追われて娘のために身を売る母、宿屋で使われている幼い子ども、勝ち目のない蜂起に加わる学生たち——貧しさの底にいる人々が次々に現れ、そのたびにバルジャンは「自分が助けなくてもよい相手」を助けます。

    原作はヴィクトル・ユゴーが1862年に発表した長編小説です。ミュージカル版は1980年にパリで、英語版は1985年にロンドンのバービカン・センターで初演されました。初演時の劇評はほとんどが酷評でしたが、客席が作品を支持して興行が続き、いまもウエストエンドで上演が途切れていません。世界最長のロングランです。

    以下、上演の順に沿って筋を追います。結末だけは折りたたみの中に入れてあるので、まだ観ていない方はそこで止めてください。

    物語の前提となる時代

    舞台は1815年から1832年のフランス

    プロローグの1815年は、ナポレオンがワーテルローで敗れた年です。物語はそこから17年かけて1832年のパリへ進みます。この間にフランスの体制は二度変わっていて、登場人物たちが何に怒っているかは、その変化を知っていると分かりやすくなります。

    学生たちが起こすのは「フランス革命」ではない

    第二幕のバリケードは、1789年のフランス革命ではありません。1830年の七月革命で王政が入れ替わったあと、それでも変わらなかった貧困と選挙権の制限に対して、共和派の学生や職人が起こした六月暴動(1832年6月5〜6日)です。きっかけは民衆に人気のあったラマルク将軍の死でした。史実では蜂起は二日で鎮圧され、参加者の多くが死んでいます。作品はこの「負ける側」を描いています。

    19年は、パンを盗んだ罰だけではない

    姉の子を飢えさせないためにパンを盗んだ罪は5年でした。残りの14年は、脱獄を四度試みたぶんの加算です。バルジャンが繰り返し口にする「19年」は、最初の罪と、そこから逃れようとした行為が積み上がった数字で、制度が人をどう扱うかの話になっています。

    主な登場人物

    プログラムやキャストボードと突き合わせられるよう、英語表記を添えています。

    • ジャン・バルジャン主人公

      Jean Valjean

      パンを盗んで19年服役した男。獄中では名前ではなく囚人番号24601で呼ばれ続けました。司教に赦されたあと仮釈放証を破り捨て、別人として生き直します。工場主になり、市長になり、他人の娘を育て、他人の恋人を助けます。作中でいちばん多く「自分が損をする選択」をする人物です。

    • ジャベール彼を追う警官

      Javert

      監獄の看守としてバルジャンを見張っていた人物。罪人は生涯罪人であり、法は例外を作らないと信じています。彼を単なる悪役として観ると作品の後半が読めません。彼が壊れるのは負けたからではなく、赦されたからです。星空を見上げて秩序を歌う「Stars」が、その信念の全部を語ります。

    • ファンティーヌ工場で働く母

      Fantine

      隠していた娘コゼットの存在が知られ、工場を解雇されます。娘の養育費を送るために髪を売り、歯を売り、最後は身を売ります。有名な「I Dreamed a Dream」は転落の途中で歌われる回想で、彼女が舞台にいる時間そのものは長くありません。

    • コゼットファンティーヌの娘

      Cosette

      幼いころは宿屋テナルディエ夫妻に預けられ、実の娘エポニーヌが可愛がられる横で下働きをさせられています。バルジャンに引き取られたあとは、彼が過去を隠したまま育てるため、自分がどこから来た子なのかを知らないまま大人になります。

    • エポニーヌテナルディエの娘

      Éponine

      コゼットと同じ宿屋で育った、テナルディエ夫妻の実の娘。幼いころは可愛がられる側でしたが、一家が没落して立場が入れ替わります。マリウスを想いながら、彼とコゼットの仲を取り持ちます。「On My Own」は第二幕の頭で歌われます。

    • マリウス学生

      Marius

      裕福な家を出て共和派の学生たちに加わった青年。街でコゼットを見かけて恋に落ち、蜂起と愛の間で揺れます。第二幕の終盤、彼だけが生き残ったことに耐えられずに歌うのが「Empty Chairs at Empty Tables」です。

    • アンジョルラス学生たちの指導者

      Enjolras

      ABCの友の中心にいる青年。ラマルク将軍の死を機に蜂起を決め、バリケードを指揮します。マリウスが恋に気を取られることを厳しく咎める場面があり、二人の対比が第一幕後半の骨格になっています。

    • テナルディエ夫妻宿屋の主人夫婦

      Monsieur & Madame Thénardier

      客から巻き上げることを生業にしている夫婦。「Master of the House」の底抜けに陽気な酒場の歌は、この作品でほぼ唯一の笑いどころです。ただし彼らは最後まで一貫して他人から奪い続け、その手癖が終盤で思わぬ形で筋を動かします。

    • ガブローシュパリの浮浪児

      Gavroche

      路上で生きている少年。学生たちに可愛がられ、街の情報を運びます。彼がジャベールの正体を見破る場面と、弾薬を拾いにバリケードの外へ出る場面が、第二幕の転換点になります。

    1815年 トゥーロン 〜 1832年 パリ

    第一幕のあらすじ

    バルジャンが赦されて生き直し、ファンティーヌの娘を引き取り、17年後のパリで蜂起の前夜を迎えるまで。幕切れは登場人物全員がそれぞれの明日を歌う「One Day More」です。

    プロローグ — 燭台をもらう

    1815年、トゥーロンの徒刑場。19年の刑期を終えたジャン・バルジャンが仮釈放されます。看守のジャベールが渡すのは自由ではなく黄色い通行証で、これを見せた先では宿も仕事も断られます。

    凍える夜、ディーニュの司教だけが彼を家に入れて食事と寝床を与えました。バルジャンは銀食器を盗んで逃げ、警官に捕まって連れ戻されます。ところが司教は「それは私が与えたものだ」と警官に告げ、置いていった燭台まで持たせて送り出しました。バルジャンは仮釈放証を破り捨て、番号で呼ばれる人生を捨てます。

    Work Song (Look Down)What Have I Done?

    工場 — ファンティーヌが追われる

    1823年、モントルイユ=シュル=メール。バルジャンは「マドレーヌ」と名を変えて工場を興し、町の市長になっています。その工場で働くファンティーヌは、他の女工に手紙を奪われ、隠していた娘コゼットの存在が知れて解雇されます。工場長は市長に判断を仰ぎますが、バルジャンは中身を見ないまま任せてしまいます。

    養育費を送るためにファンティーヌは髪を売り、歯を売り、最後は街娼に落ちます。客と揉めたところをジャベールに逮捕されかけ、通りかかったバルジャンが止めて病院へ運びました。彼女を追い出したのが自分の工場だったと、このとき初めて知ります。

    At the End of the DayI Dreamed a DreamLovely Ladies

    「私は誰だ」 — 法廷で名乗る

    荷車の下敷きになった男をバルジャンが一人で持ち上げたのを見て、ジャベールは怪しみます。かつて同じ怪力の囚人がいたからです。ところがそのジャベールが、別の男を「バルジャンを見つけた」として逮捕したと報告に来ます。

    無実の男が自分の身代わりで裁かれると知り、バルジャンは法廷に出て名乗ります。24601という番号を、彼が自分から口にするのはこの場面だけです。市長の地位も工場も失いますが、ファンティーヌのもとへ戻り、娘を必ず引き取ると約束します。彼女はそのまま息を引き取り、追ってきたジャベールとバルジャンが正面から衝突します。

    Who Am I?Come to Me (Fantine's Death)The Confrontation

    宿屋 — コゼットを引き取る

    モンフェルメイユの宿屋。コゼットはテナルディエ夫妻に預けられ、実の娘エポニーヌが可愛がられる横で下働きをさせられています。雲の上の城を夢に見る「Castle on a Cloud」はこの子の歌です。

    やってきたバルジャンは、値を吊り上げる夫妻に金を払ってコゼットを引き取り、パリへ逃げます。ここから、追う者と追われる者の関係に「守るべき子ども」が加わります。

    Castle on a CloudMaster of the HouseThe Waltz of Treachery

    1832年のパリ — 次の世代

    9年後のパリ。街には物乞いが溢れ、没落したテナルディエ一家は強盗まがいのことをして暮らしています。ジャベールは警視となってこの街におり、法が世界を支えているという確信を「Stars」で歌います。

    ABCカフェでは、アンジョルラスを中心とした学生たちが蜂起を議論しています。そこへ、街でコゼットを見かけて恋に落ちたマリウスが上の空でやってきて、アンジョルラスに咎められる——この対比が幕後半の軸です。民衆に人気のあったラマルク将軍の死が伝えられ、学生たちは決起を決めます。

    一方エポニーヌは、マリウスに頼まれてコゼットの家を探し当てます。自分が想っている相手を、別の女のところへ案内する役です。父親テナルディエの一味がその家を襲おうとしたとき、彼女は叫んで計画を潰します。この物音でバルジャンは「見つかった」と判断し、国外へ発つ支度を始めます。

    Look DownStarsABC Café / Red and BlackDo You Hear the People Sing?In My LifeA Heart Full of Love

    One Day More — 第一幕の幕切れ

    明日をどう迎えるかを、登場人物が一人ずつ、やがて全員が同時に歌います。バルジャンは逃げる支度を、マリウスはコゼットと別れる覚悟と蜂起への迷いを、エポニーヌは行き場のなさを、アンジョルラスは決起を、ジャベールは潜入の算段を、テナルディエ夫妻は死体から何を剥ぎ取るかを歌う。それぞれの「明日」がまったく噛み合わないまま重なっていくのが、この曲の凄みです。ここで休憩に入ります。

    One Day More

    1832年6月 パリ、バリケードの二日間

    第二幕のあらすじ

    バリケードが築かれ、一夜のうちにほとんどの登場人物が死にます。生き残った者たちがそれをどう引き受けるかが、幕の後半です。

    バリケードの夜

    学生たちは通りに家具を積み上げてバリケードを築きます。マリウスに男装して付き従ってきたエポニーヌは、コゼットへの手紙を届けに行かされ、その帰りに銃弾を受けて戻ってきました。マリウスの腕の中で、雨は大したことないと歌いながら息を引き取ります。

    ジャベールは兵の動きを探る味方のふりをして潜り込みますが、顔を知っていたガブローシュに見破られ、縛られます。バルジャンは、マリウスがコゼットの想い人だと知ってバリケードへ来ていました。

    On My OwnA Little Fall of RainLittle People

    ジャベールを逃がす

    狙撃手を仕留めた褒美として、バルジャンは捕虜の処刑を任されます。二人きりになったところで、彼はジャベールの縄を切って逃がしました。撃たれると思っていたジャベールは、自分の住所まで告げるバルジャンを理解できません。

    その夜、バルジャンは眠るマリウスの傍らで、この若者を生かして帰してほしいと祈ります。「Bring Him Home」は、自分ではなく他人のために歌われる祈りです。

    Drink with MeBring Him Home

    陥落

    援軍は来ませんでした。他の地区の蜂起はすでに鎮圧され、市民は窓を閉ざしています。弾薬が尽き、ガブローシュが倒れた兵から弾を集めるためにバリケードの外へ出て、歌いながら撃たれます。

    最後の突撃で学生たちは全滅します。バルジャンは意識を失ったマリウスを背負い、パリの下水道へ降りました。暗渠では、テナルディエが死体から金目のものを剥ぎ取って回っています。彼はバルジャンが背負っているものを死体だと思い、指輪を抜き取っていきました。

    The Final BattleDog Eats Dog

    橋の上

    下水道の出口でジャベールが待っていました。バルジャンは、この若者を病院へ運ばせてくれ、そのあとで捕まると申し出ます。ジャベールは通します。

    そして一人になった彼は、川にかかる橋の上で立ち止まります。罪人が自分を赦したという事実を、法だけでできた世界に置く場所がない。

    Javert's Suicide

    生き残るということ

    パリの女たちが、死んだ若者たちの名を呼びながら通りを行きます。一命を取り留めたマリウスは、誰もいなくなったカフェで、空の椅子と空のテーブルに向かって歌います。友人たちが語り合った場所に自分だけがいる。この歌が扱っているのは悲しみではなく、生き残ってしまったことへの後ろめたさです。

    TurningEmpty Chairs at Empty Tables

    よくある誤解

    「フランス革命を描いた作品」だと思われている

    1789年のフランス革命ではありません。作中の蜂起は1832年の六月暴動で、ギロチンもマリー・アントワネットも出てきません。革命から40年以上あとの、体制が変わっても貧困が変わらなかった時代の話です。

    「民衆の歌」は勝利の歌だと思われている

    「Do You Hear the People Sing?」はデモや競技場で高らかに使われますが、劇中では蜂起を決めた学生たちが歌い、その全員が翌日死にます。最後に歌われるのは死者たちによるリプライズです。負ける側の歌だと知って聴くと、曲の意味がかなり変わります。

    エポニーヌとコゼットは無関係だと思われている

    二人は同じ宿屋で育っています。エポニーヌはテナルディエ夫妻の実の娘で、幼いころは可愛がられる側、コゼットは下働きでした。一家が没落し、コゼットが引き取られたことで立場が入れ替わります。この前史を知っていると、第二幕でエポニーヌがコゼットの家まで案内する場面の重さが違います。

    ジャベールは悪役だと思われている

    彼は一度も私腹を肥やさず、賄賂も受け取らず、職務にだけ忠実です。バルジャンを追うのは憎しみではなく、法に例外を認めれば秩序が崩れると信じているからです。その信念は、赦されるという想定外の出来事によって内側から壊れます。

    2012年の映画と同じものだと思われている

    筋はほぼ同じですが、舞台版に映画のために書き下ろされた「Suddenly」はありません。逆に「On My Own」の位置など曲順が異なる箇所があり、舞台は回り舞台を使わない現行演出(2019年〜)になっています。映画で予習した方が舞台を観ると、順番の違いに気づくはずです。

    観る前に知っておくこと

    • ほぼ全編が歌で進む sung-through の作品です。台詞で状況説明が入らないので、筋を先に知っているかどうかで理解度がはっきり変わります。このページを読んでから行く価値がいちばん高いタイプの演目です。
    • 「24601」はバルジャンの囚人番号です。名前で呼ばれるか番号で呼ばれるかが、この作品では一貫して意味を持っています。ジャベールが最後まで彼を何と呼ぶかに注意して観てください。
    • 第一幕の幕切れ「One Day More」で休憩に入ります。ここまでで約1時間半、後半が約1時間です。
    • 笑える場面はテナルディエ夫妻の「Master of the House」がほぼ唯一です。それ以外はほとんど息が抜けないので、体調を整えて行ったほうがいい演目です。
    • 第一幕でファンティーヌが工場を追われる場面を見逃さないでください。彼女を解雇する判断を、バルジャンは中身を見ないまま人任せにしています。作品でいちばん重い出来事の引き金を、主人公が無関心によって引いている——ここを見ているかどうかで、終盤の彼の行動の見え方が変わります。

    よくある質問