Gold coins (Oban and Koban)
江戸幕府鋳造所, 江戸時代(18〜19世紀)
大英博物館 Room 92

江戸時代の日本では、公的な基準通貨は米(石高制)でしたが、日常の取引には金銀銅の貨幣が用いられました。その中でも特に象徴的なのが大判(おおばん)と小判(こばん)です。
標準貨幣単位の「1両」は、1石(約150kg)の米と同等とされ、1人が1年間生きるのに必要な量と見なされていました。大判はその複数両分に相当し、主に大名への褒賞や格式ある贈答に使われ、小判は日常的な高額決済に流通しました。
金貨には黒漆で額面が記されるか、あるいは刻印が打たれ、さらに幕府の公的印が加えられました。これにより価値と真贋が保証されていたのです。金貨の製造は江戸幕府の厳格な管理下に置かれ、各地の鋳造所で金・銀・銅が分業的に鋳造されました。
展示品には、10両の大判(享保年間や天保年間)、5両大判、そして1両小判が含まれ、時代ごとの貨幣制度と美術工芸としての完成度を示しています。