British English2026年8月18日

    innit

    中学で必死に覚えた付加疑問文、ロンドンでは「innit」の一語に全部吸収されてました

    isn't it? doesn't he? haven't you? ——あの地獄のような使い分けを、ロンドンの若者は「innit」ひとつで踏み潰している。文法書が3ページ使った内容が、5文字で終わる。悔しいので理屈を説明します。

    友人の家でサッカーを見ていたら、彼の甥っ子(15歳・南ロンドン育ち)がこう言った。「You went uni in Japan, innit?」

    一瞬フリーズした。went だから did you じゃないの? uni の前に to は? and そもそも innit の it は何を指してるの?——脳内で中学の英語教師が絶叫している。でも甥っ子はこっちの返事を普通に待っている。ここで「文法的には didn't you では」と指摘したら、私はその日一日ずっと面白いおじさんとして扱われていただろう。黙って「Yeah」と答えた。正解だったと思う。

    01

    付加疑問文の使い分けは、ロンドンでは滅びた

    文法表3ページぶんが、5文字に圧縮される

    中学英語で一番めんどくさかったやつ、覚えてますか。

    • You are tired, aren't you?
    • He went home, didn't he?
    • She has finished, hasn't she?
    • They can swim, can't they?

    主語を拾って、時制を合わせて、be動詞か一般動詞か助動詞かで分岐する。テストで3問間違えた記憶がある人、たぶん多い。

    でロンドンの若者はこれを全部こうします。

    • You are tired, innit?
    • He went home, innit?
    • She has finished, innit?
    • They can swim, innit?

    以上。終わり。何も考えなくていい。

    言語学ではこれを「invariant tag(不変の付加疑問)」と呼ぶ。要するに活用しない付加疑問だ。元は isn't it? の短縮なのに、いまや is の部分がどんな動詞でも、it の部分がどんな主語でも代打を務める。研究でも「be だけでなく do・have・大半の法助動詞まで代表しうる」と整理されている。汎用性の化け物である。

    つまり我々が中1から中3までかけて習得したあの体系は、テムズ川の南側では機能的に廃止されている。悔しい。悔しいが、正直めちゃくちゃ合理的だとも思う。日本語だって「〜じゃん?」が動詞の活用に関係なく後ろにくっつくわけで、あれと同じことが英語で起きているだけの話だ。

    02

    だから真似していいわけではない、という残酷な話

    便利さと、それを使ったときに背負う印象は別問題

    ここまで読んで「じゃあ全部 innit で行こう」と思った人、ちょっと待ってほしい。

    innit は便利だが、強烈に階級と世代と地域の匂いがする。ロンドン、特に若者、特に労働者階級寄り——という発信源がくっきり見える語だ。学術的にはこれは Multicultural London English(MLE)という、カリブ・アフリカ・南アジア系の言語とコックニーが混ざって80年代以降のインナーロンドンで生まれた話し方の代表的特徴とされている。つまり由緒正しく「ロンドンの街の言葉」なのだ。

    由緒正しいのに、扱いはひどい。2013年、南ロンドンのハリス・アカデミー・アッパーノーウッドが校内での使用禁止ワードを掲示して騒ぎになった。禁止リストの中身が、innit、ain't、coz、文頭の basically、文末の yeah。学校側の言い分は「就職や大学入試で戦うためのスキルを身につけさせたい」。……気持ちはわかる。わかるが、生徒からすれば自分の親と近所の言葉を丸ごと否定されたようなものだ。

    で、日本人が使うとどうなるか。友人いわく「外国人が innit を使ってると、若者に混ざろうとしてるのが可愛くて逆にウケる」らしい。褒められてはいない。

    結論。聞いて100%理解できるようにしておく。使うのはパブで仲良くなった友達相手だけ。 ビザの面接官や不動産屋には絶対に使わない。「知ってるけど場面を選んで使わない」が、いちばん賢い付き合い方だと思う。

    明日もまた1語、増えます。

    イギリス英語の沼は、思ったより深い。

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