gutted
「gutted」は内臓を抜かれた魚の顔。ロンドンでは電車を逃しただけで使う
本来は「はらわたを抜かれた」という物騒な単語。なのにイギリス人は、パブでラストオーダーに間に合わなかった程度のことで真顔で使ってくる。この温度差を知らないと、相手の人生に何か起きたのかと本気で心配することになる。
友人がある日、めちゃくちゃ沈んだ声で「I'm absolutely gutted」と言ってきたことがある。
こっちは一瞬で身構えた。gut は内臓。gutted は内臓を抜かれた状態。魚屋の店先に並んでる、腹をかっさばかれたサバの状態である。家族に何かあったのか、仕事をクビになったのか、と真剣に次の言葉を待った。
「配信で見てたドラマの最終回、来週まで公開されないんだよね」
それ内臓関係ある?と思った。でもこれがイギリスの標準運用らしい。
感情の単位がおかしい
サバと最終回が同じ重さで扱われる国
gutted は辞書だと「bitterly disappointed(ひどく落胆した)」「devastated(打ちのめされた)」と出てくる。字面だけ見ると人生の一大事にしか使えなさそうな重量級の単語だ。
ところが実際の使われ方はこう。
- 電車を1本逃した → gutted
- 好きなパブが改装で閉まってた → gutted
- サンドイッチが売り切れてた → gutted
- 推しチームが負けた → absolutely gutted
もう単位がバグってる。日本語で言うと「絶望した」を1日3回使う人みたいなもので、普通ならその人の精神状態を心配する場面だ。でもロンドンでは誰も心配しない。だいたい5秒後には普通に笑ってる。
つまりこれ、感情の強さを表す言葉というより、「残念だったね」の枠を派手な単語で埋めてるだけなんだと思う。イギリス人は控えめだと言われがちだけど、ネガティブな感情に関してはむしろ盛る。天気の話を延々するのと同じで、大げさに言うこと自体が娯楽になってる節がある。
逆に本当に深刻なときは、彼らは gutted なんて言わない。だいたい「it's been a difficult time」みたいな、恐ろしく地味な言い方に切り替わる。ここが読めないと温度を完全に取り違える。
刑務所発、サッカー経由、いま世界へ
この単語、意外と歴史が浅い
由来をたどると、これがなかなか物騒で面白い。
Green's Dictionary of Slang によると、この意味での gutted は1970年代のイギリスの刑務所スラングが出どころだとされている。オックスフォード英語辞典(OED)も「もとは刑務所のスラング」と記しつつ、収録されたのは1993年版、用例は1984年までしか遡っていない。つまり英語史のスケールで見ると、まだ生まれて50年ちょっとの新入りである。シェイクスピアは一度も使っていない。
そこから一気に広めたのが、たぶんサッカーだ。試合後インタビューで負けた選手が言うことといえば、まず「I'm absolutely gutted」。あまりにテンプレ化しすぎて、いまや料理番組の脱落者まで全員これを言う。イギリスの敗者は法律で言わされてるのかもしれない。
ちなみに、この単語で実際に事故った人がいる。地元紙に「泥棒に入られた住民が gutted」という見出しが載ったのを読んだアメリカ人が、住民が惨殺されたと勘違いして抗議の手紙を編集部に送り、その手紙をそのまま紙面に載せられるという公開処刑を食らった話が残っている。他人事じゃないと思う。
そのアメリカでも2016年ごろから使われ始めて、いまや逆輸入が進行中。刑務所の隠語が世界標準になりかけてるの、なかなかすごい出世だ。