chuffed
「chuffed」は褒め言葉。なのに辞書を引くと「不機嫌」と出てくる謎
イギリス人が満面の笑みで「chuffed」と言ったら、それは最上級に嬉しいという意味。ところがこの単語、地域によっては正反対の「ムスッとしてる」を指す。同じ島国で真逆に育った、英語界のいちばん気まずい単語の話。
ロンドンに来て二年目くらいの頃、職場で企画が通った日に上司から「You must be chuffed」と言われた。当時の僕の脳内辞書に chuffed は入っていない。ただ、響きが完全に「ムカついてる」側だった。chuff、という音が濁っていて強い。だから僕は真顔で「No, no, I'm fine」と返した。上司は五秒くらい止まってから、まあいいや、という顔で去っていった。
あとで調べて頭を抱えた。chuffed は「めちゃくちゃ嬉しい」だ。僕は昇進レベルの朗報に「いや、別に」と答えた男として記憶されたわけである。
イギリス人の嬉しさは happy では足りない
日常会話の出現率、たぶん相当高い
まず結論。chuffed = とても嬉しい、誇らしい。happy よりも一段テンションが高くて、しかも自分の手柄や幸運に対して使う感じが強い。
- 試験に受かった →
I'm well chuffed. - 子どもが賞を取った →
We're chuffed to bits. - ちょっと照れながら褒められた時 →
Aw, chuffed.
この chuffed to bits(粉々になるほど嬉しい)がまた最高で、イギリス人は嬉しさを表現するのに自分を破壊しにいく。ちなみに well chuffed の well は「よく」ではなく「めっちゃ」。学校で習った well を全部忘れたほうがいい。
面白いのは、この単語がイギリス英語の中でも比較的な新参者だということ。「嬉しい」の意味で使われ出したのは1950年代のRAF(英空軍)のスラングあたりからで、記録に残るのは1957年。つまり僕らのおじいちゃん世代より若い言葉が、いまや国民的な「嬉しい」の座に居座っている。
教科書に載らないのに会話には毎日出る。この非対称、そろそろ誰か教科書会社に文句を言ったほうがいい。
同じ単語で真逆を意味する、という事故
辞書に「不機嫌」と書いてあるのは誤植ではない
ここからが本題。OED を引くと chuffed には 「満足した」と「不満な」の両方が載っている。誤植ではない。本当に真逆の意味を持つ、いわゆる contronym(自己反対語)なのだ。
なぜこうなったかというと、そもそも語源が二本ある説が有力らしい。
- 一本目の chuff は「まるまる太った」の意(1520年代)。太っている=満ち足りている、から「嬉しい」へ。
- もう一本の chuff は「無骨な田舎者、ぶっきらぼうな奴」の意(1832年頃)。こっちから「不機嫌な」へ。
方言の分布を見ると、「嬉しい」側は北部やミッドランズ、「不機嫌」側はランカシャーやケント、デヴォンあたりで記録されている。要するに別々の土地で育った別人の空似が、たまたま同じ綴りで大人になって鉢合わせしたようなものだ。同窓会に同姓同名が来たときの気まずさが、そのまま辞書に固定されている。
実用上の答えははっきりしている。現代のロンドンで chuffed と言われたら、99%「嬉しい」。不機嫌の意味はほぼ死語で、方言や年配層にわずかに残る程度。だから安心して喜んでいい。
ただ、いちばん賢い使い方は聞き手に回ることだと思う。誰かの朗報に Oh, you must be chuffed! と返す。これだけで「ちゃんとこっちの言葉を喋る人」判定をもらえる。Congratulations よりずっと距離が近い。かつての僕のように No, I'm fine とだけは返さないでほしい。あれは今でも夜中に思い出す。