
Old Operating Theatre Museum and Herb Garret
木の階段席に囲まれた台の下に、おがくずの箱が置いてある。何を受けるための箱かは、考えないほうがいい。
ロンドン・ブリッジ駅のすぐ南、1703年に建てられた聖トマス教会の屋根裏にある小さな博物館。もとは隣接していた聖トマス病院の薬剤師が、薬草を干して保管するための空間だった。
1822年、その屋根裏の中に女性病棟のための手術室が作られた。木造の階段席が手術台を三方から囲む、円形劇場のような造りである。これがヨーロッパに現存する最古の手術室とされる。麻酔が使われるようになるのは1846年、消毒が広まるのは1860年代で、この部屋が使われていたのはそのどちらよりも前である。患者は押さえつけられ、外科医に求められた最大の技能は速さだった。手術台の下には、血を受けるおがくずの箱が置かれている。
1862年に病院が移転したあと、この部屋は入口を塞がれて忘れられた。再発見は1956年、記録を頼りに屋根裏へよじ登った研究者による。上がる方法は狭くて急な螺旋階段しかなく、エレベーターは無い。
旧手術室博物館を短時間で回るなら、まずこの3つ。 展示室の番号は改装で変わることがあるので、当日は館内の案内で確認してください。
屋根裏の最上部
木の階段席が手術台を三方から囲みます。座席ではなく立ち見の段で、医学生が手すりに詰めかけて見下ろしていました。手術台の下にはおがくずの箱があります。血を受けるためのものです。この部屋の説明は、それ以上の言葉をあまり必要としません。
階段を登ってすぐ
手術室ができる前、ここは病院の薬剤師が薬草を干して保管する場所でした。梁から薬草が吊るされ、乳鉢、蒸留器、瀉血用の刃物、蛭を入れた壺が並びます。19世紀初めの薬がどう作られていたかが、そのまま置いてあります。
手術室
「Miseratione non mercede」——報酬のためではなく、憐れみのために。慈善病院として運営されていたこの病院の理念です。麻酔なしの手術が行われていた部屋にこの言葉が掲げられていることを、どう受け取るかは訪れた人しだいです。
旧手術室博物館に着いたら、この順に見ていくと迷いません。 展示室の番号や配置は改装で変わることがあるので、当日は館内の案内で確認してください。
開くのは木曜から日曜の10時半から17時、最終入場は16時15分です。月曜から水曜は閉まります。入口を入ると、いきなり狭くて急な螺旋階段が上へ伸びていて、これ以外に上がる方法がありません。エレベーターは無く、車椅子では入れません。
階段が狭いため、持ち込めるのはハンドバッグと小さなリュックだけです。スーツケースを引いて来ると、その場で断られます。所要は45分ほどなので、ロンドン・ブリッジ駅のロッカーに預けてから来るのがよい。
階段を登り切ると、薬草の吊るされた屋根裏に出ます。手術室はさらに奥です。薬を作っていた場所を通ってから手術室に入る順路になっていて、この順番が効きます。先に奥へ走らないでください。
階段席に囲まれた台の下に、おがくずの箱が置かれています。血を受けるためのものです。麻酔も消毒もまだ無い時代で、外科医に求められた最大の技能は速さでした。展示の説明文を読む前に、まず箱を見てください。
「Miseratione non mercede」——報酬のためではなく憐れみのために。慈善病院だったこの病院の理念です。麻酔なしの手術が行われていた部屋にこの言葉が掲げられていることの意味は、現場に立たないと分かりません。
ロンドン・ブリッジ駅から徒歩2分で、バラ・マーケットもザ・シャードもすぐです。中身の重い博物館なので、出たあとに市場で何か食べる時間を入れておくと切り替えが効きます。
1862年、鉄道の敷設にともなって病院がランベスへ移転したとき、この手術室は入口を塞がれたまま取り残されました。以後、教会の屋根裏に部屋があること自体が忘れられます。1956年、記録を調べていた研究者レイモンド・ラッセルが屋根裏へよじ登って発見し、1962年に博物館として開きました。
聖トマス病院は、1860年にフローレンス・ナイチンゲールが世界初の近代的な看護学校を開いた場所です。この手術室が使われていた時期と重なります。移転先のランベスにある現在の聖トマス病院には、フローレンス・ナイチンゲール博物館があります。
9a St Thomas Street, London SE1 9RY
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ロンドンには無料で入れる館が多くあります。近くの館と組み合わせて回るのがおすすめです。