Benjamin Franklin House
ベンジャミン・フランクリン・ハウス
アメリカ建国の父が16年暮らした家。その地下からは、彼とは関係のない15人分の骨が出てきた。
どんなところか
チャリング・クロス駅のすぐ裏、ストランドから一本入ったクレイヴン・ストリートに建つ1730年のテラスハウス。ベンジャミン・フランクリンが1757年から1775年までの16年間住んだ家で、世界に現存する唯一のフランクリンの家である。フィラデルフィアの家は1812年に取り壊されている。
当時の彼はペンシルヴェニア植民地の代理人としてロンドンにおり、議会への働きかけを続けていた。この家を出たのは1775年3月、レキシントンの戦いの数週間前である。つまり独立戦争が始まる直前まで、のちの建国の父はロンドンで暮らしていた。
内部は家具を並べて当時を再現した邸宅博物館ではなく、ジョージ王朝様式の内装をできるだけ残したまま公開されている。曜日によって中身が変わり、水・木・土・日は自由見学、金曜は建築に焦点を当てたガイドツアーになる。月曜と火曜は休みである。
これだけは見て帰りたい
ベンジャミン・フランクリン・ハウスを短時間で回るなら、まずこの3つ。 展示室の番号は改装で変わることがあるので、当日は館内の案内で確認してください。
- 1
フランクリンが上り下りした階段と床
調度で飾り立てた部屋ではなく、18世紀の内装をできるだけ残したまま公開されています。階段、羽目板、窓の造作の多くが当時のものです。「彼が触ったもの」を探すより、彼が毎日使った空間の寸法を体で測るほうが、この家の見方に合っています。
- 2
クレイヴン・ストリートの骨
地下
1998年の保存工事のとき、地下から1,200点を超える人骨が出土しました。少なくとも15人分です。フランクリンとは関係がなく、下宿の娘婿ウィリアム・ヒューソンが1770年代にこの家で私設の解剖学校を開いていたためのものです。
- 3
ジョージ王朝様式のテラスハウス
1730年築で、ロンドンに残る同時代の中流のテラスハウスとしては保存状態がよいほうです。金曜の建築ツアーは、この建物がどう作られ、どう荒廃し、どう救われたかを扱います。フランクリンに関心がなくても建築として成立する回です。
着いてからの歩き方
ベンジャミン・フランクリン・ハウスに着いたら、この順に見ていくと迷いません。 展示室の番号や配置は改装で変わることがあるので、当日は館内の案内で確認してください。
- 到着
月曜と火曜は休み。曜日で中身が変わる
水曜・木曜・土曜・日曜は自由見学で、11時から17時のあいだに好きな時間に入れます(最終入場16時半)。金曜だけは建築に焦点を当てたガイドツアーで、11時から16時まで毎正時に出発します。料金も金曜だけ高くなります。月曜と火曜は閉まります。
- コツ
調度を見に行く場所ではない
家具を並べて当時を再現した邸宅博物館ではありません。18世紀の内装をできるだけそのまま残した、空っぽに近い家です。「何が置いてあるか」を期待すると肩透かしを食うので、部屋の寸法と階段の勾配を体で測りに行くつもりで入ってください。
- 見どころ
16年という長さを考える
フランクリンがこの家に住んだのは1757年から1775年までの16年間で、妻子はフィラデルフィアに残したままでした。彼がここを出たのは1775年3月、レキシントンの戦いの数週間前です。独立戦争が始まる直前まで、建国の父はこの家で暮らしていたことになります。
- 見落としやすい
地下から出た1,200点の骨
1998年の保存工事で、少なくとも15人分、1,200点を超える人骨が地下から出土しました。フランクリンの仕業ではありません。下宿の娘婿ウィリアム・ヒューソンが1770年代にこの家で私設の解剖学校を開いていて、遺体の残りを地下に埋めて処理していたためです。当時それを表に出せなかった事情まで含めて、館の説明を読んでください。
- コツ
無料の音声ガイドを先に入れておく
Bloomberg Connects という無料アプリで音声ガイドが使えます。自由見学の回はこれがあるかどうかで情報量がかなり変わるので、館内で電波に困らないよう、来る前に落としておくとよい。
- コツ
外観はただの古い家。通り過ぎる
ストランドから一本入った細い通りにあり、看板も小さいので気づかずに通り過ぎます。トラファルガー広場から徒歩5分なので、ナショナル・ギャラリーやナショナル・ポートレート・ギャラリーの帰りに組み込みやすい場所ではあります。
基本情報
- 大人料金
- £10
- 子ども料金
- 無料
- 滞在時間の目安
- 1時間
- 予約
- 不要
- 最寄駅
- Charing Cross(徒歩2分)
- 音声ガイド
- あり / £14
知っていると見え方が変わる話
地下の人骨は、解剖学校のものだった
1998年に見つかった人骨は当初「フランクリンの地下室の死体」として報じられましたが、実際は下宿の娘婿ウィリアム・ヒューソンが1770年代にこの家で開いていた解剖学校の残りです。当時の解剖学校は遺体の入手が法的にきわどく、墓掘り人から買った遺体の残りを地下に埋めて処理していました。
下宿の女主人と、その娘
フランクリンの家主はマーガレット・スティーヴンソン、その娘ポリーとは生涯にわたって手紙のやりとりが続きました。妻子はフィラデルフィアに残したままだったので、ロンドンでは事実上もうひとつの家庭を持っていたことになります。ポリーはのちにフィラデルフィアへ渡り、1790年の彼の臨終に立ち会っています。
場所
36 Craven Street, London WC2N 5NF
みんなの口コミ
ベンジャミン・フランクリン・ハウスを訪れた感想や、次に行く人へのアドバイスがあれば教えてください。
ほかの美術館も見る
ロンドンには無料で入れる館が多くあります。近くの館と組み合わせて回るのがおすすめです。