The Strawberry Girl
ジョシュア・レイノルズ, 1772–1773年頃
ウォレス・コレクション Boudoir

18世紀のロンドンで、いちご売りは子どもの仕事でした。 そのことを知ってから、この絵を見ると、印象が変わります。
まず、少女を見てください。 クリーム色のドレス、ピンクのターバン、首元に青いリボン。腕には、いちごが山盛りになった籠を抱えている。ハート型の輪郭の顔、ターバンの下から覗く前髪、そして——大きな目が、こちらをまっすぐ見ています。 少し不安げに、あるいは何かを問いかけるように。
次に、背景を見てください。 街路ではありません。暗い森の中です。
ここが、この絵の仕掛けです。 実際のいちご売りは、ロンドンの雑踏の中で声を張り上げて商売をしていました。レイノルズはその現実の背景を消し、少女を森という非現実の空間に移した。 具体的な貧困の情景から切り離すことで、彼女は「いちご売りの子ども」ではなく、普遍的な子どもの姿になります。
光を見てください。 森は暗く沈み、光は少女の顔と胸元にだけ強く当たっています。 背景から人物を切り離し、浮かび上がらせる手法です。レイノルズはレンブラントの少女像、特に《窓辺の少女》(ダリッジ美術館)を意識していたと考えられています。
「ファンシー・ピクチャー」とは何か。 18世紀イギリスで流行した絵画のジャンルで、実在の人物の肖像ではなく、物売りや農民の子どもなどを情緒的・理想的に描いた作品を指します。注文肖像画と違い、画家が自分の判断で描き、後から売る。フランスのグルーズが確立した形式を、レイノルズがイギリスに持ち込みました。
注意深く見ると、感傷の絵でもあります。 当時のロンドンでは、貧しい子どもが街頭で働くのは日常でした。その現実を、可愛らしく、詩的に、鑑賞可能なものに変換している。 ファンシー・ピクチャーがなぜあれほど売れたのかを考えると、当時の富裕層の心理も見えてきます。
技法を見てください。 ドレスのピンクは、赤や黄のレーキ顔料(染料を無機物に定着させた顔料)で作られ、その上にグレーズ(透明な絵具の層)を何度も重ねています。色が内側から発光しているように見えるのはそのためです。レイノルズは古典絵画の風合いを再現しようと生涯実験を続け、その一部は経年で変色・劣化してしまいました。
モデルは誰か。 伝統的にレイノルズの姪とされていますが、確証はありません。
この絵には兄弟がいます。 レイノルズは同じ主題で少なくとも4点描き、現存するのはウォレス・コレクション版と、ボウード・ハウス版の2点のみです。X線調査により、ウォレス版はもともとボウード版に近い構図だったことが判明しており、制作途中で構図を変更したことが分かっています。
そして、レイノルズ自身の評価。 彼はこの絵を注文ではなく自分のために描き、自分のコレクションに置き続けました。 「自作の中で最も独創的なものの一つ」と語っています。ロイヤル・アカデミー初代会長として、格式ある歴史画を最上位に置く理論を説いた人物が、私的に最も誇ったのが、いちご売りの少女の絵だった——ここが面白いところです。
1857年、第4代ハートフォード侯が、詩人サミュエル・ロジャースの遺品オークションで購入しました。