The Laughing Cavalier
笑う騎士
フランス・ハルス, 1624年
ウォレス・コレクション Great Gallery

作品の概要
タイトルは二重に間違っています。彼は笑っていないし、騎士でもありません。
まず、口元を見てください。 大笑いはしていません。口角がわずかに上がり、口髭の先が跳ね上がっているだけです。にやりとしているのか、話しかけようとしているのか、こちらを値踏みしているのか——判断がつかない。 この曖昧さが、300年間この絵を有名にしてきました。
「笑う騎士」という題名は、19世紀にイギリスで付けられたものです。ハルス自身がそう呼んだわけではなく、彼が騎士だった証拠もありません。おそらく裕福な市民で、布商人ティーレマン・ルーステルマンではないかという説がありますが、身元は不明です。分かっているのは、画面に記された年齢——26歳、そして制作年1624年だけです。
次に、目を見てください。そして、動いてみてください。 左へ、右へ。視線がついてきます。 これは正面を向いて描かれた肖像画に共通して起きる現象で、平面に描かれた顔は、見る角度が変わっても顔の向きが変わらないため、常にこちらを見ているように感じられます。この絵はその効果が特に強いため、部屋のどこにいても見られている感覚があります。
そして、袖の刺繍に近づいてください。ここがこの絵の本体です。
遠目には、精緻な刺繍が細部まで描き込まれているように見えます。 ところが、鼻が触れるほど近づくと——そこにあるのは、素早く走らせた絵具の線と点の集合です。形を成していない。一筆も、刺繍の形をなぞっていません。
フランス・ハルスは、輪郭を描かない画家でした。 対象を観察し、筆の勢いだけで質感を「示唆」する。 一発で決め、直さない。同時代のオランダ絵画が、細密に描き込む方向へ進んでいたのに対し、ハルスの筆跡は乱暴なほど見えています。この即興性が、人物に動きと生気を与えている。 19世紀の印象派画家たちは、この筆致に衝撃を受けました。マネもゴッホも、ハルスを称賛しています。
では、その刺繍には何が描かれているのか。 実際には見えないのですが、資料によれば以下の象徴が織り込まれています。
- 蜂、矢、燃える角笛、恋人の結び目、炎の舌——愛の喜びと苦しみ
- オベリスク、ピラミッド——力と不動
- マーキュリーの帽子と杖——商業と富
つまりこの服は、着ている本人を説明する文章です。 恋をしていて、力があり、商売で成功している——婚約の記念に描かれた肖像ではないかという説の根拠にもなっています。
そして、姿勢。 彼は腰に手を当て、肘を張り、下からわずかに見上げる角度で描かれています。自信、余裕、そしてかすかな挑発。26歳の男が「どうだ」という顔をしている絵です。それが、これほど長く人を惹きつけている。
ウォレス・コレクションの Great Gallery にあります。入館無料です。
ここがポイント
- 笑ってもいないし騎士でもない。題名は19世紀のイギリスで付けられたもので、身元も不明
- どこから見ても視線がついてくる。正面向きの肖像で特に強く出る効果
- 遠目には精緻な刺繍、近づくと素早い絵具の線と点だけ。一筆も刺繍をなぞっていない
- 輪郭を描かず筆の勢いで質感を示唆する即興性。マネやゴッホがハルスを称賛した理由
- 刺繍の意匠は蜂・矢・炎(愛)、オベリスク(力)、マーキュリーの杖(商業)。服が本人の説明文になっている