The Decline of the Carthaginian Empire
J.M.W. ターナー, 1817年(展示)
テート・ブリテン Room 37

ターナーが「これを見て、私と勝負しろ」と言った絵です。
まず、光を見てください。 画面の中央奥、水平線のあたりに太陽があり、そこから金色の光が港全体へ広がっています。建物も、水面も、空も、その光に溶けている。輪郭よりも光が先にある——この描き方は当時、絵画としては異例でした。
この光には、明確な手本があります。 17世紀フランスの画家クロード・ロランです。クロードは港の風景を、太陽を画面のほぼ中央に置いて描く様式を確立しました。イギリスの貴族はグランドツアーでその絵を買い集め、クロードは「風景画の理想」とされていた。ターナーは若い頃、クロードの絵を初めて見て涙を流したという逸話が残っています——「自分にはこれは描けない」と思ったからだそうです。
そして、彼は生涯かけてそこに挑み続けました。
この絵の主題。 カルタゴです。古代北アフリカの海洋帝国で、地中海の交易を支配し、ローマと三度にわたって戦い(ポエニ戦争)、最終的に完全に滅ぼされました。都市は破壊され、住民は殺されるか奴隷にされ、国そのものが地上から消えました。
画面の中で、それがどう描かれているか見てください。 建物は壮麗で、港はまだ機能しているように見えます。しかし太陽は沈みかけている。 手前には所在なげな人物たちが配され、輝きの中にどこか物憂い気配が漂う。滅びの前夜を、絶頂の風景として描く——これがターナーの手口です。
同時代の含意。 1817年です。ナポレオン戦争が終わった直後で、イギリスは海洋帝国として絶頂にありました。海で栄えた帝国が、戦争に勝ち続けた末に滅びる——カルタゴの物語は、当時のイギリス人にとって他人事ではありませんでした。ターナーはこの主題を繰り返し描いており、対になる《カルタゴ帝国を建設するディド》(日の出の場面)がナショナル・ギャラリーにあります。建設と衰退、日の出と日没の対です。
そして、ここが最大の見どころです。 ターナーは遺言で、《カルタゴ帝国を建設するディド》をナショナル・ギャラリーのクロード・ロラン作品の隣に、永久に掛けることを条件として国家に遺贈しました。
つまり彼は、死後に自分の絵を師の隣に並べさせ、後世の人間に見比べさせようとしたのです。 涙を流した若者が、半世紀かけて同じ壁に並ぶところまで来た。その条件は今も守られており、ナショナル・ギャラリーへ行けば実際に見比べられます。テート・ブリテンでこの絵を見たら、ぜひトラファルガー広場まで足を延ばしてください。