A Young Woman seated at a Virginal
ヨハネス・フェルメール, 1670-1672年頃
ナショナル・ギャラリー Room 16

フェルメールの絵は世界に35点前後しか現存しません。ナショナル・ギャラリーはそのうち2点を持っていて、これはその一枚。しかも隣り合う姉妹作と並べて掛けられています。この贅沢は、ほかではまず味わえません。
まず、女性の目を見てください。 彼女は鍵盤に手を置きながら、顔だけこちらへ向けています。演奏を中断して、入ってきた誰かを見た——そういう一瞬です。フェルメールの人物が視線を向けてくる作品は少なく、この直接性がこの絵の魅力になっています。手前のタペストリーが脇へめくられているのも効いていて、私たちは幕を上げてこの部屋を覗いている構図になっている。
次に、後ろの壁の絵を見てください。 そこに描かれているのは、リュートを弾く女と客の場面——当時の観客がすぐに読み取れる娼家の情景です。手前の女性は上品な部屋で慎ましく鍵盤に向かっているのに、その背後に別の意味が掛かっている。当時のオランダ絵画で音楽はしばしば恋愛や誘惑の暗号でした。この絵は、それを壁の絵として画中に持ち込んでいます。誘っているのか、慎ましいのか、どちらとも決めさせない——その宙吊りが狙いです。
そして、光を探してください。 光源は画面の外、左手の窓。壁の質感、鍵盤の縁、青いドレスの襞に、それぞれ違う柔らかさで光が落ちています。フェルメールは影の中にも色を置く画家で、暗部をただの黒で埋めません。
この絵をめぐっては、近年の科学調査が驚く結論を出しました。キャンバスが、隣に掛かる『ヴァージナルの前に立つ若い女性』と同じ反物から切り出されていることが分かったのです。当時のキャンバスは大きな布の巻き(ボルト)から必要な分を切って使うため、織り目のパターンを照合すると、どの布のどこから取られたかが特定できる。二枚が同じ布だったということは、ほぼ同時期に、対の作品として構想された可能性が高いことを意味します。
さらにX線調査では、遠近法の消失点にピンの穴が見つかりました。フェルメールはそこにピンを刺し、糸を張って放射状の線を引き、部屋の奥行きを正確に作図していた。感覚だけで描いていたのではなく、器具を使って空間を組み立てていたことの物証です。
かつては「後世の贋作ではないか」と疑われた時期もありましたが、高価なウルトラマリン(ラピスラズリを砕いた青)など、フェルメール特有の顔料が確認され、真作であることが確定しています。