ヴァージナルの前に立つ若い女性

この作品はヨハネス・フェルメールが1670年頃に描いた油彩画で、**小型鍵盤楽器の「ヴァージナル」（小さなチェンバロの仲間）**の前に立つ若い女性が主題です。室内の窓から入る柔らかな昼光が、人物と背景の質感を繊細に照らし出しています。

フェルメールの卓越した観察力は、光が黒い額縁の内側をなぞるように拾う描写や、背後の壁に現れる二重の影といった細部によく表れています。また、床や壁のタイルにはデルフト産青白磁風のモチーフが見られ、同作の空間感や「暮らしの風景」を強めています。これらの室内描写と光の効果が、本作の最大の見どころです。

壁に掛かる絵画については確証はなく、左側の風景画はヤン・ワインアントス（Jan Wijnants）かアラート・ファン・エフェルディンゲン（Allart van Everdingen）とされる可能性が指摘されています。背後の大きな絵は**カードを持つキューピッド（立つキューピッド）**で、画面に挿入されたこのモチーフは当時のエンブレム（寓意表現）に由来し、「一人の恋人への忠実さ」を表す場合や、音楽と恋愛の伝統的結びつきを示す場合があると解釈されています。

この作品は同じくナショナル・ギャラリー所蔵の**『ヴァージナルの前に座る若い女性（Young Woman Seated at a Virginal）』と対をなす可能性が高く、近年の科学的解析では両作のキャンバスが同じ反物（ボルト）から切り出されたこと、さらに下地（ground）が極めて類似していることが示されました。** 「ボルト（bolt）」とは制作当時の大量の布（反物）を指し、同じボルトから取られていることは同時期に近接して制作された強い証拠となります。さらに、この下地の類似は、ニューヨーク所蔵の『Young Woman Seated at the Virginals（別コレクションの同名作）』とも関係があると報告されています。