The Toilet of Venus ('The Rokeby Venus')
ディエゴ・ベラスケス, 1647-1651年頃
ナショナル・ギャラリー Room 30

鏡を見てください。そして、その角度がおかしいことに気づいてください。
ヴィーナスは背中をこちらに向けて横たわり、キューピッドが支える鏡で自分を見ています。ところが——彼女の位置から鏡を見たなら、鏡には彼女自身の顔が映るはずで、こちら側からは見えないはずです。実際に映っているのは、私たちの方をまっすぐ見返してくる、ぼやけた顔。物理的にあり得ない反射です。
ベラスケスはこれを間違えたのではありません。鏡像を意図的にずらし、ぼかすことで、私たちは「この人はどんな顔なんだろう」と鏡を覗き込み、そして見返されていることに気づく。裸の背中を無防備に眺めていたつもりが、いつのまにか見る側と見られる側が入れ替わっている。この一枚の鏡だけで、鑑賞という行為そのものが問い返されます。
次に、背中の線を追ってください。 肩から腰、腰から膝へ、絵の対角線をまたぐ長い曲線が一本通っています。その下でシーツが同じリズムで波打ち、身体の曲線を反復する。ベラスケスは輪郭を線で描かず、光と影の境目だけで肉体を立ち上がらせています。近づくと、背中のハイライトはほんの数回の刷毛の走りでしかありません。
そして、色に注目を。 深い赤のカーテン、灰色のシーツ、白い布、そして肌。使われている色は驚くほど少なく、その禁欲的な配色の中で、肌だけが唯一の暖色として発光しています。科学調査により、灰色のシーツは元は濃い紫だったことが分かっています。
なお、17世紀スペインは異端審問が厳しく、女性の裸体画は事実上禁じられていました。この絵はベラスケスに現存する唯一の裸体画です。誰のために、どういう了解のもとで描かれたのか——王の側近のための私室用だったと考えられていますが、確証はありません。
もう一つ。 1914年、女性参政権運動家メアリー・リチャードソンが、この絵を肉切り包丁で7か所切りつけました。「歴史上もっとも美しい女性の絵を壊す」ことで、投獄された運動指導者への扱いに抗議したのです。修復跡は現在ほとんど見えませんが、この絵が「見られること」をめぐって現実の事件まで引き起こしたという事実は、鏡の仕掛けと不思議に響き合っています。