Water-Lilies
クロード・モネ, 1916年以降
ナショナル・ギャラリー Room 46

この絵には、地平線がありません。空も、岸も、木も、上下の手がかりが一切ない。 あるのは水面だけです。睡蓮の葉が縁のほうに浮かび、中央には空か雲か柳の反射が広がっている——それが水なのか空なのかも、判然としません。立つ場所を奪われる、という体験のために描かれた絵です。
遠近法が消えていることに注目してください。 ふつう風景画には、手前・中景・遠景があり、消失点があります。モネはそれを全部捨てました。私たちは岸に立って池を眺めているのではなく、水面の真上に浮かんでいる。この視点の消去こそが、20世紀の抽象絵画への扉になりました。
色を追ってください。 緑、黄土、紫、レモン、空色、桃色。どの色も輪郭を持たず、隣の色へ滲んでいます。近づくと、絵具は驚くほど乱暴に置かれていて、ほとんど何も描かれていない。二、三歩下がると、それが水になる。
この絵が描かれた頃、モネの人生は失うばかりでした。妻アリスを1911年、長男ジャンを1914年に亡くし、自身は白内障で色が正しく見えなくなっていた。さらに1914年、第一次世界大戦が始まります。彼は制作をやめかけていました。
それでもモネは筆を取り、庭に巨大なキャンバス専用のアトリエを建てます。高さ2メートルを超える睡蓮を描き続け、親友であり首相でもあったクレマンソーに支えられて、この連作を国家に寄贈することを決意しました。終戦の翌日、1918年11月12日、彼は正式にそれを申し出ます。連作は「平和の記念碑」として捧げられ、後にパリのオランジュリー美術館の楕円形の部屋に設置されました。
本作はその大装飾計画に連なる一枚です。白内障の目で、戦争のさなかに、80歳近い画家が、水面だけを見つめ続けた。1963年にこの絵がナショナル・ギャラリーで展示されたとき、ある批評家はこう書きました——「唯一正しい反応は、この色の海に飛び込んで溺れることだ」。