Motherhood (La Maternité)
パブロ・ピカソ, 1901年
ナショナル・ギャラリー Room 45

なぜ青一色なのか。 それを知ると、この絵は別のものになります。
1901年2月、ピカソの親友カルレス・カサヘマスが、パリのカフェで恋人に向けて発砲し、そのまま自らの頭を撃ち抜いて死にました。ピカソは19歳。この事件が、彼の人生と絵を変えます。以後3年あまり、彼は青と青緑だけで、貧者・盲人・娼婦・母子といった主題を描き続けました。「青の時代」です。
そして、この絵に描かれた母。 モデルはジェルメーヌ——カサヘマスが撃った、まさにその恋人だと考えられています。友を死なせた女性を、ピカソは聖母のような母として描いた。この絵の静けさの底には、そういう複雑さがあります。
母の腕を見てください。 不自然なほど長く、細い。この引き伸ばされた手足は、ピカソがスペインのトレドで見たエル・グレコの宗教画から学んだものです。エル・グレコは人体を縦に引き伸ばして描く画家で、その歪みが霊的な緊張を生みます。ピカソはそれを、母子の抱擁に持ち込みました。
構図を見てください。 母が子を抱く形は、ルネサンス以来の聖母子像そのものです。しかしここに後光はなく、天使もいない。背後に広がるのは、うねる耕地と青い水面という荒涼とした風景です。宗教的な図像を、宗教を抜いて描いている。
上部の空を見てください。 筆が速く、絵具が薄く、塗り残されたままになっています。ピカソはここを仕上げていません。完成させないことで、絵に落ち着かない余白が残りました。
母の顔と子の顔を見比べてください。 母には疲労が刻まれ、子は無防備に眠っている。抱く側の重さと、抱かれる側の軽さ。ピカソが20歳で、これを描いています。
なお、この絵は長く1903年の作とされてきましたが、1950年代後半のニューヨークでの競売の際、ピカソ本人が1901年作であると確認しました。カサヘマスの死の、その年です。