Van Gogh's Chair
フィンセント・ファン・ゴッホ, 1888年
ナショナル・ギャラリー Room 43

椅子が一脚あるだけの絵です。人は誰もいません。 それでもこの絵が肖像画と呼ばれるのは、ゴッホが自分自身をこの椅子として描いたからです。
まず、椅子そのものを見てください。 黄色く塗られた粗い木、藁を編んだ座面、肘掛けなし、背もたれはまっすぐ。安物です。脚の長さも微妙に不揃いで、遠近法もどこか歪んでいる。ゴッホは家具を正確に描く技術がなかったのではなく、素朴で頑丈で飾り気のないものとして描きたかった。彼が自分をそう見ていたということです。
座面の上を見てください。 パイプと、刻みタバコを入れた紙包み。それだけです。持ち主が今しがた立ち去ったばかりのような、生活の温度がここに残されています。ゴッホは以前、亡くなった父のパイプを描いたことがありました。パイプは彼にとって、不在の人を指す物です。
左を見てください。 木箱の中で玉ねぎが芽を出しています。箱には「Vincent」と署名がある。芽吹く球根は生命と再生の徴で、これも自画像の一部です。
そして、この絵には対になる相棒がいます。 同じ時期にゴッホが描いた《ゴーギャンの椅子》(アムステルダム・ファン・ゴッホ美術館)です。あちらは肘掛け付きの上等な椅子で、座面には本と蝋燭が置かれ、夜の人工光で描かれている。こちらは昼の自然光、素朴な椅子、パイプとタバコ。知性と本能、夜と昼、洗練と素朴——ゴッホは自分とゴーギャンの違いを、家具二脚で描き分けました。
背景の色にも注目してください。床は赤いタイル、壁と扉は青。黄色い椅子は、補色に近い青と赤に挟まれて強烈に浮き上がります。ゴッホは色を「見えたまま」ではなく感情の記号として選ぶ画家でした。輪郭を濃い線で囲むのは、日本の浮世絵から学んだ手法です。
そして最も重要なこと。この椅子は、空です。 ゴッホはかつて弟テオへの手紙で、空の椅子が死や不在を意味するイギリスの版画について語っていました。この絵が描かれた数週間後、ゴーギャンはアルルを去り、ゴッホは自らの耳を切ります。二脚の椅子は、二度と向かい合うことがありませんでした。