Sunflowers
ヴィンセント・ファン・ゴッホ, 1888年
ナショナル・ギャラリー Room 43

世界一有名な花の絵かもしれません。しかしこれは「きれいな花を描いた絵」ではなく、友達を待つ男が描いた絵です。そこを知ると、見え方が変わります。
1888年、ゴッホは南仏アルルの「黄色い家」で、画家仲間による共同生活を夢みていました。最初に来てくれるのがポール・ゴーギャン。その部屋を飾るために、ゴッホは数日で何枚ものひまわりを描き上げます。弟テオへの手紙にはこう書いています——「マルセイユ人がブイヤベースを食べるような熱意で描いている」。
まず、花の状態を一輪ずつ見てください。 全部で15本。固く閉じたつぼみ、爛漫と開ききった花、そして花びらが落ちて種だけになった頭。一枚の絵の中に、つぼみから枯れるまでの全過程が同居しているのです。ふつう花の絵は最も美しい瞬間を描きます。ゴッホは、しおれた頭を画面の真ん中に堂々と置いた。生きて、盛って、終わる——その全部を花瓶に挿しています。
次に、絵に近づいて、斜めから見てください。 種の部分は絵具が厚く盛り上がり、指で押しつけたような凹凸になっています。このインパスト(厚塗り)のおかげで、絵の表面に実際の影ができ、種のざらつきが手触りとして立ち上がってくる。写真では絶対に伝わらない部分なので、実物の前ではぜひ横から覗いてみてください。
そして、黄色の数を数えてみてください。 背景も、花瓶も、テーブルも、花も、ほとんどすべてが黄色。ふつう、隣り合う色が近すぎると絵は平板になって死にます。ゴッホは黄土、レモン、山吹、褐色がかった黄を微妙に打ち分けることで、黄色だけで奥行きを作り上げました。これは離れ業です。彼にとって黄色は、南仏の光の色であり、希望と友情の色でした。
花瓶には「Vincent」とだけ署名されています。姓ではなく名前だけ。自信のあった作品にだけ彼はこう署名しました。
——なお、この共同生活はゴーギャンとの決裂と、ゴッホが自分の耳を切る事件で、わずか2か月で終わります。この絵は、まだ何もかもがうまくいくと信じていた頃のゴッホが描いたものです。