Rain, Steam, and Speed - The Great Western Railway
ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー, 1844年
ナショナル・ギャラリー Room 40

1844年に「速度」を絵にした人がいた、という事実がまず驚きです。自動車も飛行機もない時代、人類が初めて体験した「自分の足より速く動く」感覚を、ターナーはキャンバスに定着させようとしました。
画面を横切る黒い線を追ってください。 蒸気機関車が、メイデンヘッドのテムズ川鉄道橋を、こちらへ向かって疾走してきます。この橋はブルネルが設計した当時最先端の構造物で、その低く平たいアーチは「崩れる」と批判されながら今も現役です。機関車の先端だけが黒く鋭く、あとは雨と蒸気に溶けている。輪郭がないからこそ、速い。
次に、絵の下のほう、線路の前方を目を凝らして探してください。 小さなウサギが走っています。ほとんどの人が気づかずに通り過ぎる細部ですが、これは決定的な仕掛けです。機械に追いかけられ、逃げる生き物。自然が機械に負ける瞬間が、豆粒ほどの大きさで置かれている。
左を見てください。 霞んだ川面に小舟が浮かび、遠くには耕す馬が描かれています。蒸気・人力・馬力が一枚の中に並んでいる。ターナーはどれが勝つかを言いませんが、画面を支配しているのが何かは一目瞭然です。
そして、絵から離れてください。 3メートルほど下がると、それまで絵具のもやでしかなかったものが、突然、雨に煙る川の景色として立ち上がります。ターナーの絵は、近くで見ると何が描いてあるか分からないものが多く、これも例外ではありません。当時の批評家からは「絵具をぶちまけただけ」と酷評されました。
同時代の作家サッカレーはこの絵を評して「私は次の展覧会までに轢かれてしまうだろう」と書きました。冗談めかしていますが、絵の中から機械がこちらへ出てくるという感覚を、当時の人が確かに受け取っていた証拠です。