A Wheatfield, with Cypresses
ヴィンセント・ファン・ゴッホ, 1889年
ナショナル・ギャラリー Room 43

1889年6月、ゴッホは南仏サン=レミの精神科病院に入院中でした。この絵は、その病室の窓から見えた景色をもとに描かれています。療養中の絵なのに、画面は驚くほど力に満ちている——そこがこの作品の不思議です。
まず、空を見てください。 雲が渦を巻いています。実際の雲はこうは動きませんが、ゴッホの空では大気が生き物のようにうねっている。同じ時期に描かれた《星月夜》(ニューヨーク近代美術館)の渦巻く夜空と、これは同じ空です。
次に、麦畑を見てください。 黄金色の麦が、短い筆の線を無数に重ねて描かれています。線の向きが場所ごとに変わり、風が吹き抜けていく方向が見えるようになっている。南仏にはミストラルという強く冷たい風が吹き、ゴッホは屋外制作でこの風に苦しめられました。画架を地面に打ち込んで描いたという記録もあります。その風が、そのまま筆跡になっている。
そして、糸杉を見てください。 画面左に立つ濃緑の樹。ゴッホは弟への手紙にこう書いています——「糸杉はまだ誰も、私が見るようには描いていない。線と均衡が美しく、エジプトのオベリスクのようだ」。実際、この樹は空へ突き刺さる黒い柱として描かれ、周りの渦と対照的に一本だけ動きません。地上と空をつなぐ縦の軸です。
麦の意味も知っておいてください。 ゴッホにとって、麦が育ち刈られる循環は生と死の比喩でした。「私たちは、自分が食べるパンになる麦のようなものだ」と手紙に書いています。糸杉はヨーロッパでは墓地の樹です。生の黄金と死の緑が、同じ風の中に並んで立っている。
この構図でゴッホは三点描いています。最初は屋外で(ニューヨーク・メトロポリタン美術館)、次に病室内で描いた本作、そして母と妹のための小型版。本作は、屋外の記憶を室内で再構成した「決定版」とされ、三点の中で最も様式が整っています。この一年後、ゴッホは亡くなりました。