Sculptures from the Parthenon's East Pediment
作者不明, 紀元前438–432年頃
大英博物館 Room 18

大英博物館で最も美しく、最も議論を呼んでいる展示室です。紀元前5世紀のアテネ人が実際に彫った大理石が、目の前に、ガラス越しですらなく置かれている。
まず、衣の襞(ひだ)を見てください。 座り込む女神たちの衣は、身体に濡れたように貼りついて、その下の脚のかたち、腹のやわらかさ、体重のかかる方向まで透けて見えます。石を彫って、布が濡れているという状態を表現している。この「濡れた衣(ウェット・ドレイパリー)」の技法は、古代ギリシャ彫刻が到達した頂点の一つです。触れれば冷たい大理石だと分かっているのに、目は柔らかい肉と布を見てしまう。
次に、馬の頭を探してください。 破風の端に、月の女神の馬車を引く馬の頭が残っています。口を開け、鼻孔を膨らませ、目を剥いて、疲れ果てている。一晩空を駆けて、今まさに地平の下へ沈んでいくところです。神話の場面を、これほど生々しい疲労として彫った例はほとんどありません。
そして、首がないことに気づいてください。 ほとんどの像は頭や腕を失っています。これは風化だけが原因ではなく、1687年、この神殿がオスマン帝国の火薬庫として使われていた時にヴェネツィア軍の砲撃を受け、大爆発を起こしたためです。神殿建設から2100年後の出来事でした。
破風(ペディメント)とは何か。 神殿正面の、屋根の三角形の部分です。東破風にはアテナ女神が父ゼウスの頭から生まれる場面が彫られていました。地上から十数メートル上、しかも見上げる角度で、彫刻は背中側まで丁寧に仕上げられている。誰にも見えない部分まで彫ったという事実が、この仕事が人に見せるためではなく神に捧げるためだったことを物語ります。
収蔵の経緯について。 これらは19世紀初頭、オスマン帝国駐在の英国大使エルギン伯が神殿から取り外し、イギリスへ運んだものです。「エルギン・マーブル」という通称はここから来ています。ギリシャ政府は長年にわたり返還を求め続けており、アテネには受け入れ先となるアクロポリス博物館が2009年に開館しています。この彫刻が今どこにあるべきかは、まだ決着していません。 見どころであると同時に、現在進行形の問題でもあります。