Mummy of Artemidorus in Painted Stucco Case
作者不詳, ローマ時代、AD 100-120
大英博物館 Room 62

上半分と下半分で、文明が違います。 そこがこの展示品の全てです。
まず、顔を見てください。 描かれているのは、黒い巻き毛の若い男性。眉は太く、目は大きく、頬に陰影があり、唇はわずかに開いている。驚くほど生々しい、一人の個人の顔です。これはファイユム肖像と呼ばれる、ローマ帝国時代のエジプトで作られた板絵の肖像画です。蜜蝋に顔料を溶かして描くエンカウスティックという技法で、油絵の発明よりずっと前に、これほどの立体感が実現されています。
髪型に注目してください。 前髪が額へ向かって梳かし下ろされている。これはトラヤヌス帝の時代(紀元2世紀初頭)にローマで流行した髪型です。属州エジプトの人物が、帝都の流行を追っていた。年代を特定する手がかりでもあります。
そして、そのすぐ下を見てください。 肖像の下から足元までは、完全に古代エジプトの世界です。金箔を貼りつけて表された図像が並びます。
紀元2世紀のローマ人の顔をした男が、紀元前3000年から続くエジプトの来世へ送り出されている。 ローマに支配され、ギリシャ語を話し、ローマ風の身なりをしながら、死に方だけはエジプト式を選んだ人々がいた——その混淆が、一体の中で目に見えます。
なぜ写実的な顔が必要だったのか。 死後の世界で本人が本人だと認識されるために、顔が要ると考えられていました。エジプトの伝統的な棺には様式化されたマスクが載りますが、ローマ期の人々はそれを実物そっくりの肖像画に置き換えた。認識されるための顔という機能は同じで、様式だけが変わっています。
胸のギリシャ語銘も見てください。 「ΑΡΤΕΜΙΔΩΡΕ ΕΥΨΥΧΙ(アルテミドロスよ、さらば)」と読めます。死者への別れの定型句です。ただし綴りに誤りがあることが指摘されており、ギリシャ語文化がこの地域にどの程度浸透していたかを考える材料になっています。
中身も調べられています。 CTスキャンにより、頭蓋に放射状の亀裂が確認されました。生前の外傷か、防腐処理の過程で生じたものかは決着していません。ホワラ出土、資料番号 EA 21810。彼の名はアルテミドロス、それだけが確かです。