The Cyrus Cylinder
作者不詳(王権文書), 紀元前539年頃
大英博物館 Room 52

「世界最古の人権宣言」と呼ばれたことがある粘土の塊です。 ただし、その呼び名が正しいかどうかは、見てから判断するのが面白い。
大きさは20センチほど。楕円形の粘土に、楔形文字がびっしり刻まれています。紀元前539年、ペルシアの王キュロス2世がバビロンを征服した直後に作られました。
まず、この文書の目的を知ってください。 これは公開された宣言文ではありません。建物の基礎に埋めるために作られたものです。メソポタミアでは、王が神殿や城壁を修復するとき、自分の功績を記した文書を壁の中に埋め込む習慣がありました。読者は後世の王か、神です。人に読ませるつもりはなかった文書なのです。
内容の構成を見てください。 前半は三人称で、前王ナボニドゥスの批判から始まります。彼は神々の祭祀を歪め、民に重い労役を課した。怒った主神マルドゥクは、代わりの王を探し、ペルシアのキュロスを選んだ——征服を、現地の神による正当な人選として説明しているわけです。
そして途中から、語りが一人称に変わります。「我、キュロス、世界の王、偉大な王……」。ここからは、キュロス自身が自らの善政を語る形式になります。
彼が主張していること。 暴力ではなく平和裡にバビロンへ入城したこと。破壊された神殿を修復したこと。連れ去られていた神像を元の町へ返し、強制移住させられていた人々を故郷に帰したこと。 過酷な労役を廃止したこと。
この「民を故郷へ帰した」という記述が、旧約聖書に記されたユダヤ人のバビロン捕囚からの解放と重なるため、円筒は特別な注目を集めてきました。1971年にはイランのパフラヴィー王朝がこれを「最初の人権憲章」と位置づけ、国連にレプリカが贈られています。
しかし、慎重に読む必要もあります。 現代の歴史学者の多くは、これを人権宣言ではなく典型的な王のプロパガンダだと見ています。「前王は悪政を敷いた、神が私を選んだ、私は神殿を直した」という文言は、メソポタミアの王碑文の定型句そのものだからです。キュロスが実際に寛容な統治を行ったことは他の史料も裏づけていますが、この円筒自体は権力を正当化するための文書として書かれた——そう分かった上で読むほうが、はるかに面白い展示品です。
征服者が、征服された土地の神の名で自分を正当化する。2500年前の統治の技術が、20センチの粘土に凝縮されています。